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  • 2010/09/10

【田中秀臣氏インタビュー】日本をデフレから救うのは、凡庸だが最良の処方箋の「リフレ政策」 (3/3)

『デフレ不況 日本銀行の大罪』著者 田中秀臣氏インタビュー

凡庸かつ最良の処方箋「リフレ」

 ――『デフレ不況』において、今の日本がデフレを脱するための最良の処方箋として、「リフレ政策」が挙げられています。これは通常の手段を超える金融緩和政策と、インフレ目標を設定することでゆるやかなインフレ率を実現すること、そしてデフレ期待をインフレ期待に反転させること(この先、デフレではなくインフレが続くと国民に思わせること)などが肝となる政策ですよね。とても有効な政策に思えるのですが、リフレ派は、数としては圧倒的に少ないと書かれています。そんなに少ないんですか?

 田中氏■少ないですよね。

 ――でも、リフレ的なことであったりとか、日銀の問題について言及するような人は、以前に比べると増えてきているような印象もあります。

 田中氏■そうね、増えてはいますね、明らかに。政党の中でも、みんなの党なんかはリフレ派に近いだろうし、民主党の中にもデフレ脱却議員連盟ってありますから。自民党でも少数ながら山本幸三さんたちもいる。だからそれを見ると、明らかに政治の流れも変わってきてはいると思いますよ。

 ――すごくそもそもな質問なんですけど、田中先生がリフレに注目するようになったきっかけは何だったんでしょう?

 田中氏■そもそもリフレというか、深刻な不況の時に財政政策と金融政策を共に活用するっていう方法は、とくに珍しくも何ともなく、普通に大学の教科書に書いてあることなんですね。それさえもできない経済学者が問題なんです。クルーグマンも週刊現代のインタビューで言っていますけど、普通のマクロ経済学の処方箋をやってないからこうなっているんです。いわゆるスタンダードな経済学っていうのはそもそもリフレ的な発想を持っているんです。でも、多くの経済学者は、現実の経済に関する関心が乏しいわけです。そう言っている僕自身も90年代には、そうだった。

 当時は、例えば経済学者の岩田規久男先生が日本銀行を批判しているっていうことは知っていたけど、それは常識として知っているだけで、そこにシンパシーも何も感じていなかったわけですよ。知的な関心もなかったし、むしろ日本銀行はしっかりやってると思ってたんですね。知り合いに日本銀行勤めてるやついたし、彼らの知的レベルは大変高かったし、僕も多くの人と同様で、日本のデフレ不況は不良債権が原因だと思っていました。

 ところが2000年頃、とあるメールマガジンを作るに当たっての座談会があり、僕もオブザーバーとして聞いていたのですが、その時に経済学者ポール・クルーグマンの話になったんですね。もちろんクルーグマンの名前は知っていましたけど、リフレ政策についてのイメージではなく、ノーベル賞を受賞した戦略貿易政策だとか都市の経済学の人としてしか把握していませんでした。その座談会で「今デフレだからインフレ目標を導入して人々のデフレ期待を反転させて、将来インフレになるように人々の期待を誘導するような政策を導入しなきゃいけない」って発言が出て、私はそれを聞いた瞬間に「そんな人々の心を中央銀行がコントロールできるわけはないじゃん」って感じました。でも、そうは思ったものの、なんか心の中に引っかかるものを感じて、帰りの電車でぼーっと考えていたら「待てよ、それって自分が、大学院の時に論文にしたものに近いじゃん」って思い出したわけなんですね(笑)。

 ――忘れてらっしゃった!(笑)

 田中氏■それで、そこからはもう一直線でした。考えてみたら、僕が大学院の時にずっとやっていた研究っていうのは、いわゆる1920~30年代の昭和恐慌、デフレ不況がずっと続いていた時代の話だったんです。リフレっていうのは「リフレーション」って言葉を短くしたもので、そもそもアーヴィング・フィッシャーっていうアメリカの経済学者がずっと提唱していた言葉です。

 僕のその論文っていうのも、フィッシャーが1920年代に書いた論文を現代風にアレンジしたものだったんですね。早稲田大学で藪下史郎先生との共著で書いたものなんですけど。つまり僕はすでにフィッシャーのリフレ理論を知っていたわけです。不良債権の問題でも何でもなくて、中央銀行の政策問題なんだなと。そこで初めて理論と現実が矛盾なくイコールになったわけです。

 ――そうすると、「リフレ」っていう言葉自体は、『エコノミスト・ミシュラン』だったりいろいろなところで啓蒙されているので新しい概念のように見えますけど、アーヴィング・フィッシャーなんかの頃からあった割合スタンダードな考え方なんですね。

 田中氏■凡庸で、普通なんですよ。日本では不思議なんですが、政策に影響力をもつ発言をするのは、だいたいその問題の専門外の経済学者か民間のエコノミストや評論家などが多いですね。戦前では石橋湛山や高橋亀吉らがリフレ派として活躍してました。

 ――特別な、魔法の杖でもなんでもなく、しかもフィッシャーみたいな経済学の大御所がもうとっくの昔に言っていたようなものなんですね。

 田中氏■それを僕たちが日本という文脈の中でアレンジしているだけです。まあリフレ派によってもいろいろあるけどね。マルクス経済学の流れの人もいれば、新古典派をベースにしている人もいるんだし。

 ――別にそこまで党派的なものではない、と。

 田中氏■うん。ただ当たり前のことやろうぜっていう、それだけなんだよね。お亡くなりになった「ドラエモン」こと岡田靖さん(注:内閣府経済社会総合研究所主任研究官。「ドラエモン」の名で掲示板にリフレを推奨する発言をいっていた。詳細は「岡田靖=ドラエモンの経済学」参照)はそういうことをずーっとおっしゃっていたんだけど……惜しい人を亡くしました。いずれにしてもリフレ10年選手は少ないよ、日本で名前知られているのは20人くらいじゃないかな。とはいえ10年前に始めた時はもっと少数派だったわけだけど。でもいまはで8月31日に衆議院議員会館で行ったデフレ脱却国民会議のシンポジウムでも、その呼びかけ人の勝間和代さんや浜田宏一さんをはじめとした面々、それに政党をまたいだデフレ脱却を問題視する議員の人たち、それにマスコミの人もデフレ脱却を問題にする人もどんどん増えていることが明瞭になり、とても頼もしいかぎりです。

 例えばその国民会議のシンポジウムには、ロバート・フェルドマン氏も来ていて、彼は日本銀行のいわゆる「リーク問題」(事前に日本銀行の政策内容が詳細に流れていること)を批判していました。この問題は僕も拙著の中で批判していて、デフレ問題と並んでとても問題視している日本銀行の大罪の1つです。デフレ問題だけではなく、日本銀行の多様な闇を問題にするこのような動きが広がっていくに違いないと確信してます。もちろんネットでもここ10年、岡田さんたちの活動でその草の根レベルの活動領域を増加させてますね。その意味では、デフレ脱却国民会議の活動も注目されるし、また同様な行動や啓蒙活動がこれからも活発化してくるでしょう。これは戦前にはないいいことですが、それだけ日本の長期停滞が戦前にくらべても異常に長くなってしまったことの裏返しでもあるでしょうね。

 ――「リフレ」って言葉自体がすごく新しい道具立てのようなイメージがあるのかもしれなくて、それに対して構えている人たちはまだいっぱいいるかもしれませんね。田中先生の『デフレ不況』は、まさにそうした人々の「構え」を払拭するのに一役買うことになると思います。本日はありがとうございました。


(取材・構成:辻本力

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●田中秀臣(たなか・ひでとみ)
上武大学ビジネス情報学部教授。
専門は日本経済論、日本経済思想史。韓国ドラマやマンガ、アニメなどのサブカルチャーに関する著作や論文も多い。
著書に『雇用大崩壊』(NHK生活人新書)、『不謹慎な経済学』(講談社)、『経済政策を歴史に学ぶ』(ソフトバンク新書)、『偏差値40から良い会社に入る方法』(東洋経済新報社)、『デフレ不況』(朝日新聞出版)など。
共著に『エコノミスト・ミシュラン』(太田出版)、『日本思想という病』(光文社)、『昭和恐慌の研究』(東洋経済新報社)がある。
ブログ:Economics Lovers Live

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