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  • 2017/08/17 掲載

“P&Gマーケティング帝国”生みの親、和田浩子氏が語る「ブランドになる」こと

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P&Gでは数々のヒット製品を生み出す“マーケティング帝国”の礎を築き、その後、日本トイザらス、ダイソン等でその手腕をふるった“伝説のマーケター”和田 浩子氏。「きっと皆さん、クライアントの成功事例とか有効なテクニックが知りたいと思うのですが、それをそのまま自社や自分の仕事に流用しようとするのでは、まったく意味がない」とばっさり斬る和田氏が、ブランドとイノベーションの向き合い方について語った。

Miho Iizuka

Miho Iizuka

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Office WaDa 代表 マーケティング&マネジメント コンサルタント
和田 浩子氏

ところで皆さんは、なぜアドテックに来ましたか?

 ユニバーサルスタジオ・ジャパン、資生堂、コカ・コーラ、マクドナルド……マーケティング戦略においてユニークな存在感を放つこれらの企業で、現在マーケティング要職を務めるのはP&Gの出身者だ。トップクラスのマーケターも数々輩出する“マーケティング帝国”P&G。その基礎を築いたOffice Wada代表の和田 浩子氏は当時“ドラゴン・レディ”とも呼ばれ、「名前を聞くだけで硬直する者がいるほど怖かった」という司会者からのエピソード紹介と共に、京都/大阪/神戸の3都市で開催された「第4回アドテック関西」の基調講演の壇上に立った。

「帝国からやってきた“ダース・ベイダー”として、恐れられているという和田です。どうやら今でも十分おっかないらしいです(笑)」(和田氏)

 緊張をほぐすような和やかな笑いと共に、貴重な講演へ期待を寄せる場内。プレゼンテーションテーマは『ブランドはイノベーションとどう向き合うべきか』。オンライン・マーケティングやソーシャルメディア・マーケティングが独自の進化を遂げるあまり、従来のマス・マーケティングとのバランスやブランディングの舵取りに悩むクライアントは、事実多い。

「今日このアドテックにお越しになっている方は、何を求めていらっしゃるのでしょうか? 私自身は、マーケターとして、実はこういったセミナーを聴講することはありません。365日、学ぶ機会はいつどんな時でもあります。いろんな情報が耳に入ってくるので、それをどのように自分の中で活用するか、現場を離れた今もいつも考えています。きっと皆さん、クライアントの成功事例とか有効なテクニックが知りたいと思うのですが、それをそのまま自社や自分の仕事に流用しようとするのでは、まったく意味がない」(和田氏)

 他社の成功事例を集め、それを真似をしても差別化は図れない。得た情報を応用し、自らの頭で考えることが重要だという和田氏。たしかにそれが来場目的のすべてではないかもしれないが、最先端のアド×テクノロジートピックスや成功事例を、当たり前のように求めていることにハッと気づかされる。イノベーションに向き合うとはどういうことなのか、改めて考えさせられる冒頭のメッセージだ。

そもそも、マーケティングとは何か? ブランドとは何か?

 製品やサービスを使って欲しいエンドユーザー(消費者)の、従来の行動パターンを変えるのがマーケティングの役割だ。何も知らなかった消費者に知ってもらう、理解してもらう、好意を持ってもらう。そして、顧客になってもらう。そもそも存在を知らない、具体的に自分に何をしてくれるのか解らない製品やサービスを、いきなり「使いたい」とは誰もが思わないだろう。諸説はあれど、そういった意味でブランディングとマーケティングはほぼ同義語であり、どちらにも通じることだと和田氏は言う。

「製品やサービスを持つクライアントが、チョイスしたユニークな情報をテキストやビジュアルを通じて消費者に理解してもらい、そのままインプットしてもらう。特定のイメージを持ってもらう。名前が出た時点で、このブランドはこういうブランドだよね、という好感を持った状態にクリエイトするのが“ブランドになる”ということです」(和田氏)

 これには最低数年はかけて、耳にタコができるくらいメッセージとして届けていく必要がある。覚えてほしいことをある程度正確な状態で理解してもらうまで、受け取る方は咀嚼する期間が必要なのだ。

「これを途中で変えてはいけないんです。情報が浸透する、ブランド化する手前でメッセージを変えてしまうと、どこかでブレが生じてきてしまう。そこで大切なのは“ポジションを定める、ターゲットを定める”ということなんです。1点だけに集中する」(和田氏)

 たとえば、洗練されている、田園風景のような、パリっぽい、などの抽象的なキーワードで語られるイメージを軸に、付属する情報を加味して打ち出していく。

「誰々が推奨するとか、どういう研究開発の背景があるとか、製品の能力に対して根拠があった方がいい。製品やサービスから生まれ出るイメージ以外にも、付属する情報は大切です。特に日本人は、より強固にブランドをイメージするために、そういう情報を気にする国民性がある。私がよく言うのはブランドイメージの創出は、それを“買わざるを得ない人”を生み出すことだと思うんです」(和田氏)

 そしてブランドに好意を持って接し、温かい気持ちで製品やサービスを試す、使う。他の商品を使うよりも“想定外の解決策を与えてくれる”ことが、ブランドへの共感につながるという。しかも、それが“なくてはならないもの”であり続けなくてはならない。

「ブランドというのは不滅なんです。不滅であるためには、それぞれが担当する部署でイノベーションを取り込まなくてはいけない。私の言うマーケティングと、皆さんの言うマーケティングは少し違うかもしれません。イノベーティブな製品があって、ユニークなメッセージをチョイスし、それを発信し続け共に支えるのがブランドです。それをたとえばアドテックのパートだけ、小洒落たことをしただけでは、大きなものになるわけがない。そういう考え方も必要なのではないでしょうか」(和田氏)

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「ブランドは不滅」である。エンドユーザーの耳にタコが出来るくらい、時間をかけ同じメッセージを繰り返し発信し続ける。名前が出た時点で「このブランドはこういうブランドだよね」と、好感を持った状態へクリエイトするのが「ブランドになる」ということ

 デジタル関連業務はおよそ旧来の部署と別建てにマネジメントされていることも多く、その中での成果を求められる。和田氏が提唱するような、それぞれの部署がブランドを支える理想の状況を生み出すために、どう動いていいのか考えあぐねる担当者も少なくないはずだ。マーケティング戦略が最大の成果を生み出すための組織マネジメントは、経営層をも巻き込む大きな課題である。いまブランドが向き合うべきイノベーションは、もはや現場の最前線におけるテクニカルな“戦術”だけではないのだ。

 デジタル・マーケティング関連に従事するアドテック参加者でさえ、ブランディングやマーケティングという言葉の捉え方はさまざま。クライアントが持っている製品やサービスをブランド化するためには、時間をかけて繰り返しそのメッセージを伝えなくてはならないと和田氏は言う。そこでの作業は、具体的に何をしないといけないのだろうか。

イノベーティブな組織とポジショニング戦略が、ユニークなブランドを生み出す

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エンドユーザーのリアルな姿、そして自社製品や他社製品についての理解がないと、まずコミュニケーションに現実味が生まれない

「エンドユーザーのライフスタイルを自身で理解すること。製品について理解すること。この理解が薄くはないでしょうか。自社製品と他社製品はどこがどう違うのか、解らないことは部署をまわって聞く。このコミュニケーションによる深い理解あってこそ、最初の一歩が成立します」(和田氏)

 そして次に行うのは「ポジショニング」だ。目的に向かってどう進んでいくのか、道筋を立てる。目的地への地図とはつまり戦略のことを指す。初めて向かう場所へ地図なしに歩みを進めることはまず不可能だ。

「この戦略を掴むことが難しいのかな、日本のマーケットは。そんなことをやってる場合ではないだろう、と当時取締役には言われましたね。その時私は、地図もなく目的地に進もうなんてばっかじゃなかろうかと思ってました」(和田氏)

 ポジショニング・マップを描くことで、限られた選択肢からその時々で最適な施策をチョイスすることができるようになるという。若いうちからこれを身に着けておくことを和田氏は薦める。

「戦略とはつまり、限られた選択肢の中から選ぶ、捨てる、ということです。色んな情報を集めて選択肢をとっておく、そうしてるともう戦略が戦略でなくなってしまうんです。真似することも戦略ではありません。出来る限り新しく、かつ正確に前へ進める選択肢である必要があります」(和田氏)

 難しそうなこと、やったことがないことがあると、おじけづいて普通の選択になる。それだと同じような結果にはなっても、全く違うものは見えてこない。

「後発ブランドは、市場・問屋・小売り、誰にも望まれていない状態でそれに挑むわけですよ。その時、私が集めなくてはいけないエンドユーザーは、既存ブランドに満足をしているわけで、そこから顧客を切り離し奪わなくてはいけない。それを満たす能力を満たすものでなくてはならない」(和田氏)

 習慣のように長年親しんだ製品よりもさらに価値のある製品を提供する。そこで一般的なマーケティング戦略を選択してもインパクトは最大化しない。特殊でユニークなブランドが生まれ出るプロセスを作れるかどうか、このようにマーケティング戦略とは常に組織のイノベーションとも密接な関係にあるというのだ。

マーケターの仕事は製品力を最大化すること

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売れないものを売るから営業がいて、開発やマーケのバックオフィスは売れる製品を設計しなくてはいけない。「選ばざるを得ない」とまで、口説き落とすことがマーケターの仕事だと和田氏

 これまで和田氏が手がけてきたブランドも、決して成功事例の生まれやすい環境が整っていたわけではない。生理用品の「ウィスパー」では、後発ブランドとして“ポイント・オブ・エントリー”これからエンドユーザーになる際に立っている人たちである、小学校5~6年生をターゲットにサンプリングや教育プログラムを投下する戦略をとった。TVCMには素人のキャリアウーマンを起用し、“ミス・ウィスパー”という人格化も行った。他社にはない、羽根つき型やメッシュ素材を採用したユニークな製品と共に、イノベーティブなブランドとして市場を席捲する。

「とてもめんどくさい、誰もやったことがなかったこと。他の競合はみんな避けてきたことだった。後発なんだから新しいところを狙って目玉の企画にした。子供にインタビューし、保健の先生のインタビューをし、いろんなインタビューを集めた。時間もお金もかかったんですけれど競合のやらない戦略で打ち勝つことができた」(和田氏)

 ほかにも、消臭除菌剤「ファブリーズ」は1998年に日本に参入したが、これまで全くなかった“シュシュっとをする習慣”を日本人に植え付けた。これまでの習慣や常識を覆す難易度の高いブランドや製品は、啓蒙活動にも重きを置く。紙おむつ「パンパース」は水分で荒れやすい赤ちゃんの肌を守る機能性を打ち出し、これまでの“布おむつ”の常識を覆した。消費者からスタンダードをシフトさせた。ダイソンの掃除機、これも発売当時はサイクロン方式が紙バッグ方式を覆すなんてありえないことだった。新たな仕組みを打ち出すことで市場に新たな選択肢を作った。

「新しいジャンルを作る人たちは、よりパワフルなストーリーを打ち出す必要がある。経験則への過信がブランドの生存を危うくする可能性があるんです。エンドユーザーや製品への理解が古びていく。これは常にアップデートしなくてはなりません。日々新しい考え方が表れ、ライフスタイルはどんどん変わっている」(和田氏)

【次ページ】 マーケティングはイノベーションをどうリードすればいい? 聴講者からの質疑応答4選

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