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  • 2018/02/02

高僧の「悟り」をデータで分析、イノベーションは五感のどこと関係するのか

歴史上名高い61名の高僧や修行者が「悟り」の境地に至った契機とはいったい何だったのか。これをデータで示した稀有なサイトがある。この結果をもとに、悟りを“既存の思考や知覚、認識のフレームの範疇を超えた強い刺激を受けること”と捉え、デジタルテクノロジーを基盤にしたイノベーションのヒントとしてひも解いてみよう。

編集者/文筆家 高橋幸治

編集者/文筆家 高橋幸治

1968年、埼玉県生まれ。日本大学芸術学部文芸学科卒業後、1992年、電通入社。CMプランナー/コピーライターとして活動したのち、1995年、アスキー入社。2001年から2007年までMacとクリエイティブカルチャーをテーマとした異色のPC誌「MacPower」編集長。2008年、独立。以降、「編集=情報デザイン」をコンセプトに主にデジタルメディアの編集長/クリエイティブディレクター/メディアプランナーとして企業のメディア戦略などを数多く手がける。本業のかたわら日本大学芸術学部文芸学科、横浜美術大学美術学部美術・デザイン学科にて非常勤講師もつとめる。「エディターシップの可能性」を探求するセミナー「Editors' Lounge」主宰。著書に「メディア、編集、テクノロジー」(クロスメディア・バブリッシング刊)がある。

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歴史上高名な賢者の「悟り」にはイノベーションのヒントが隠れている
(© sand555 – Fotolia)


「禅と悟り:その合理的アプローチ」という謎のWebサイト

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 大学などで教えているといまだに「書物至上主義」のような空気が教員同士の間はもとより、教員と学生との間にもそこはかとなく漂っており、Webでばかり調べ物をしている学生を見るとついつい「本を読め」的なアドバイスをしてしまうことが多い。

 「してしまう」などと書くとなんだか反省しているように聞こえてしまうが、まぁ、やはり、手っ取り早く検索で物事を知ったつもりになるよりは、書物とじっくり対峙して思考を深化させるほうがいいに決まっているわけで、かくいう筆者も「書物至上主義」であることに変わりはないのかもしれない。

 ところが……である。10億をはるかに超えると言われるほどのWebサイトが世界中に公開されていれば(「Internet Live Stats」によるカウント)、なかには書物にはなっていないけれどもはなはだ興味深いサイトがあって、そんな鉱脈をひょんなことから掘り当てると一概には「Webなんかより本を通して得る情報のほうが上質」とばかりも言い切れない気分になる。

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Internet Live Stats
現在稼働しているWebサイトの数やその日に送信された電子メールの数、Twitterに投稿された呟きの数、Instagramにアップロードされた写真の数などがリアルタイムで表示される
(出典:Internet Live Stats


 そうした稀有な資料のひとつとして今回紹介したいのは(本当は紹介したくないのだが)『禅と悟り:その合理的アプローチ』というWebサイトである。同サイトの著者のプロフィールを見ると1941年生まれの男性で、物理化学を専攻する某大学の名誉教授とある。

 果たしてこの自己紹介が本当かどうかを知る術はないが、2008年に開設されて以降、頻繁に更新されているわけではないものの、「某大学の名誉教授」という肩書きがあながち嘘ではないと思えるほど圧倒的な知識量を誇っている。

 特に筆者が惹かれたのは同サイトの「1 禅の基本」のカテゴリーに収められている「4章 悟りの経験と分析・1」と「4章 悟りの経験と分析・2」である。

 同ページには歴史上名高い61名の高僧や修行者が「悟り」の境地に至った契機がいったい何であったか、63の具体的な事例とともに紹介されており、そのリストをぼんやりと眺めているだけでも大変面白い事実が浮かび上がってくる。人間はいったいどんな瞬間に意識の拡張と変容を体験するのだろうか?

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Webサイト 禅と悟り
(出典:禅と悟り


賢者が悟りを開く体験は「視覚」以外の知覚が大半を占める

 筆者はメディア論的な観点からさまざまな宗教が提示した死生観や他界感、教祖が遭遇した覚醒体験、修行がもたらす神秘体験などに強い興味を持っているものの、特定の宗教や宗派の専門家ではない。

 『禅と悟り:その合理的アプローチ』の著者の方には誠に申し訳ないくらい貧弱な知識しか持ち合わせていないのだが、門外漢の無知を承知しつつ「4章 悟りの経験と分析・1」と「4章 悟りの経験と分析・2」に列挙されている「悟り」の契機を手前勝手な解釈で散見してみよう。

 まずは、ゴータマ・ブッダである。彼が「悟り」を開いたのは同サイトによれば「暁の明星がまばたくのを見た時」とされている。つまり「悟りの要因」となったのは「視覚」体験である。

 筆者は漠然とこうした「視覚」体験が「悟り」を誘発する最大の要因なのだろうと思い込んでいた。ところが、臨済宗の開祖である臨在羲玄における「悟りの契機」は黄檗山黄檗寺を開いた師・黄檗希運に棒で三度打たれた時で、「悟りの要因」は「視覚」ではなく「痛覚」であった。これは五感のカテゴリーで言えば「触覚」に相当すると言えなくもない。

 同じく禅宗の世界で名高い我が国における曹洞宗の開祖・道元は、中国の宋で師事していた天童如淨の「大喝を聞いた時」に「悟り」を得た。この場合の「悟りの要因」は「聴覚」ということになる。

 ほかにも有名どころとしては一休宗純の例も紹介されていて、彼の「悟りの契機」は「烏の鳴き声を聞いた時」、やはり「悟りの要因」は「聴覚」だったという。

【次ページ】イノベーションが起きるきっかけは「聴覚」や「触覚」にある

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