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- 2020/08/24 掲載
『選択の科学』のポイントを解説、P&Gの売上を10%増やした“選択肢”とは
自分のことを自分で決めるのは、当然の権利
著者のアイエンガーは、カナダで生まれ米国で育ったシーク教徒だ。シーク教には忠実に守るべき厳しい戒律や教義がある。食べ物や衣服すら選べない。アイエンガーは幼い頃に視覚障害を発症、13歳の時に父親を亡くし、高校の時に全盲になった。そんな彼女は米国の公立学校で学び、「自分のことを自分で決めるのは、当然の権利」と教えられる。こんな生い立ちから「自分で選択したほうが明るい人生が拓ける」と考えるようになり、「選択」を研究対象として追いかけている。彼女の20年間の研究成果をまとめたのが本書だ。
本書では「これでもか」というほどさまざまな選択の実験が出てくる。ただ「選択は必ず幸せになる」とはならないのが、本書の奥深いところだ。
選択の積み重ねが、あなたをつくる
動物園の動物は、一見、野生動物と比べて実に手厚く保護されている。外敵はいない。十分なエサが与えられ、医療スタッフもいる。しかし動物園の動物は、野生よりも短寿命だ。野生のアフリカ象の平均寿命は56歳だが、動物園だと17歳。動物園の動物は出生数も減り、乳児死亡率も高いという。野生の環境では動物は動物らしく生きられる。しかし動物園ではおりやガラスの囲いの中での生活が強要され、自分の生活は自分で変えられない。「自分で状況をコントロールできない」というストレスにさらされ続け、消耗するのだ。
人間はどうか? 英国で公務員男性1万人に数十年間健康調査した研究がある。「モーレツ上司が心臓発作でポックリ逝く」というイメージは、実は間違いである。冠状動脈心臓病による死亡率を比べると、最も職位が低い公務員では、最も職位が高い公務員より3倍も高かった。
理由は「自分の仕事の采配度」。高職位の人は責任の重圧があるが、自己裁量も大きい。仕事の裁量が少ない部下のほうがストレスは高かったのだ。ただ低職位でも「自分は仕事の自由度を持っている」と考える人は健康だった。健康に最も大きな影響を与えたのは、自己決定権の大きさでなくその認識なのである。
高齢者介護施設でこんな実験がある。入居者に好きな鉢植えを選ばせて鉢植えの世話もさせる介護施設と、施設側で配る鉢植えを決めて看護師が世話する介護施設を比較した。鉢植えを選ばせるほうが入居者の満足度や健康状態は良く、死亡率も低かったという。
小さなことでも選択できれば、「自分は決定権がある」という意識を高められる。「自分次第でどうにでもなる」と信じる人は、そうでない人よりも、健康的で幸せな日々を過ごせる。ガンなどの闘病でも、死ぬことを断固受け入れない姿勢が生存確率を高め、再発の可能性を減らす。
動物と違い、人間は世の中の見方を変えることができるのだ。大切なのは「自分には選択肢がある」と信じることである。
集団のために選択するのか、個人のために選択するのか
シーク教では、結婚相手も決められている。インド出身の彼女の両親は、結婚式当日に初めて出会ったという。「自分のことは自分で決める」のが当たり前な人には衝撃的な話だが、シーク教徒にとって「取り決め婚」は当たり前なのだ。ではあらゆることが決められていて、彼らは幸せなのだろうか?アイエンガーが調査した結果、シーク教のような原理主義の宗教はうつ病の割合が低かった。逆境にも楽観的に立ち向かい、多くの決まりごとも「そのおかげで力が与えられている」と考え、意外なことに「自分が自分の人生を決めている」と考えていた。
逆に無神論者は、悲観主義と落ち込みの度合いが最も高かった。制約は「自分が決めている」という自己決定感を損なっていないのだ。これは個人主義社会か集団主義社会かの違いによるものだ。
あなたは何か選択するとき最初に考えるのは、自分だろうか? 周りの人たちだろうか? 個人主義志向の強い米国などの社会はまず「自分」を考える。日本やアジアのような集団主義社会では「私たち」を優先し、「集団の幸せは、個人の幸せ」と考える。
アイエンガーは米国の小学生を対象に実験をした。6組のカードと6色のマーカーを用意。そして子供を3グループに分けた。カードとマーカーを(1)自分で選ぶグループ、(2)実験者が選ぶグループ、(3)「母親はこれを選んでほしいと言っている」と伝えたグループだ。
結果、アングロ系米国人で最も成績が良かったのは「(1)自分で選ぶグループ」だった。「母親に聞いた」と告げると、彼らは露骨に嫌な表情で、「ママに聞いたの?」。アジア系米国人で最も成績が良いのは「(3)母親選択グループ」だった。日系米国人のある女の子は、「言われた通りやったって、ママに言ってね」。
どちらが正しい、ということではない。育った環境により、選び方は変わるのだ。シーク教で他人が結婚相手を選ぶのは、彼らが集団主義社会であり「結婚は家族全体のもの」と考え、「本人でなく他人にも結婚相手を選ぶ能力がある」と考えるからだ。彼女の両親の結婚は、両家の祖母たちがさまざまな条件を何度も話し合い、「2人の結婚は周囲のあらゆる期待に沿う」と考えた結果だったのである。
調査によると、恋愛結婚と比べて取り決め婚の幸福度は、結婚当初は低いが、結婚10年後には逆に高くなるという。長い目で見れば、取り決め婚も決して悪くない。
しかし自分のことは自分で選ぶのが常識の米国人には、取り決め婚は受け入れがたい。逆に取り決め婚が常識の人に「自由に相手を選べ」と言っても、当惑するだけだ。「この選択方法が正しい」と思っても、それが他人にも正しいとは限らない。選択権と自己決定権は重要だが、選び方はその人の環境によって違う。相手との違いがあることを認め、相手を尊重することが大切なのである。
【次ページ】“選択の科学”でP&Gの売上が10%増えた
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