• 2026/08/31 07:10 掲載

「ポリコレでつまらなくなった」は本当?電通クリエイターが断言、AI時代最も必要な力(2/3)

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「倫理とビジネスの融合は可能」アップルが示した逆転の発想

 では、クリエイティブ・エシックスを実践するにあたり、具体的にどのような軸を持てばよいのか。橋口氏はその中核として、「人権」「ジェンダー」「多様性」の3本柱を掲げる。

 フランス革命以降、かつては特権階級のものだった人権は、女性、性的マイノリティ、障害を持つ人々へと、歴史の歩みとともにその対象を広げてきた。

「人権と言うと“みんなの気持ちを考えよう”といった感情や道徳の問題として捉えられがちですが、人権は世界基準の法律です。広告が性差別的だと批判されたときも、『不快だ』『過剰反応だ』とぶつかり合うのではなく、『女性や子どもの権利を侵害していないか』と問い直せば、議論は明確になります」(橋口氏)

 一方で、人権への配慮が過ぎると、表現の自由やビジネスにおける突破力が損なわれるのではないか、という懸念も根強い。

 しかし橋口氏は、アップルが「プライバシーは基本的人権である」と宣言し、それを強力なブランド価値へと昇華させた事例を挙げ、倫理とビジネスの融合は十分に可能だと強調する。


 さらに橋口氏は、手塚治虫が遺した「どんなに痛烈な風刺を描いても、基本的人権だけは茶化してはいけない」という言葉を引用した。

「人権を守ることと、エッジの効いた表現を探求することは矛盾しません。これはクリエイティブに携わる者が常に意識すべきことです」(橋口氏)

 この信念は、橋口氏自身の実践にも息づいている。同氏が2023年からプロボノとして支援している「世界えん罪の日」の新聞広告がその好例だ。

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橋口氏が手がけた「世界えん罪の日」の新聞広告。「真実は、曲げられる。」というコピーと、折り曲げることで文字が隠れる紙面設計によって、人質司法の問題を可視化した

 2025年のキャンペーンでは、あえて架空の「人質司法関係者への表彰状」を制作。真実の追究よりも立件実績が重んじられる司法の歪みを痛烈に描き出した。

 また米国では、銃犯罪で我が子を亡くした遺族とクリエイターが手を取り合い、銃メーカーの責任を告発するキャンペーンを立ち上げ、世界的に評価されたケースもある。社会課題というフィールドもまた、広告クリエイティブの力を生かすべき場所なのだと橋口氏は語った。

 では、「ポリコレに配慮すると、表現はつまらなくなる」という見方は本当なのか。橋口氏の答えは明確だ。倫理や多様性への配慮はクリエイティブを弱める制約ではなく、むしろ表現を強くする力になり得る。そしてAI時代、プロに最も問われるのは「何を作れるか」以上に「何を作るべきか」を判断する力だ。

日本の選挙広告は「中年男性と若い女性」ばかりな理由

 続いて橋口氏が取り上げたのは、ジェンダーをめぐる課題だ。

 広告というメディアは、単に社会の価値観を映し出すだけではない。特定の表現をくり返し提示することで、人々の無意識に固定観念を植え付け、次世代へと再生産してしまう側面も持っている。

 その典型として橋口氏が目を向けたのが、日本の選挙広告などで頻出する「中年男性と若い女性」という組み合わせだ。

2025年7月に行なわれた「第27回参議院議員通常選挙」では、江口洋介さん、生見愛瑠さんが選挙啓発イメージキャラクターに就任している。2026年の第51回衆議院議員総選挙では、藤木直人さんと谷まりあさんの2名を起用するなど「中年男性と若い女性」という組み合わせの事例が多いことをを取り上げた。

「これらを並べて分析していくと、日本社会が男女にどのような役割を割り当てているのかが見えてきます。女性はケアや笑顔を求められる。そうしたジェンダーバイアスを、当事者である女性自身も含めて押し付けられていると言えます」(橋口氏)

 ただし、この問題を単純な「男VS女」の対立として捉えるべきではないと、くぎを差した。

「『女性を差別するな』と言われると、自分が責められているように感じる男性も多い。しかし、問題は個人ではなく、社会そのものに埋め込まれたバイアスにあります。それを一緒に解いていこう、という話です」(橋口氏)

 固定観念によって生き方を狭められているのは女性だけではない。男性にも「強くなければ」「稼がなければ」といった価値観が押し付けられており、男性自身の生きづらさにつながっている。

 橋口氏は、妹の面倒を見ながら戦う『鬼滅の刃』の竈門炭治郎を例に挙げ、他者を思いやり、支える人物が新たなヒーローとして描かれている現状を紹介した。

「大事なのは、男女ともにバイアスから自由になること。誰かが得をして、誰かが損をするという話ではない。みんなの幸せの総量をどう増やしていくかです」(橋口氏)
【次ページ】「多様性」こそがクリエイティブを強化するワケ
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