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  • 2019/07/23

決着がついたのは30年前? 現代経済史に学ぶ日米の「明暗と逆転」 篠﨑教授のインフォメーション・エコノミー(112)

情報化による経済社会の変貌は現在進行形だ。さまざまな新現象が怒涛のように生起している。「今起きていることの源流」は1990年代に遡る(さかのぼる)ことができるが、ちょうどその頃、太平洋の両岸では二重のコントラストが見られた。1つは、日米経済の「明暗」であり、もう1つは、その明暗が1980年代とは見事に「逆転」したことだ。今回はこの点を考えてみよう。

九州大学大学院 経済学研究院 教授 篠﨑彰彦

九州大学大学院 経済学研究院 教授 篠﨑彰彦

九州大学大学院 経済学研究院 教授
九州大学経済学部卒業。九州大学博士(経済学)
1984年日本開発銀行入行。ニューヨーク駐在員、国際部調査役等を経て、1999年九州大学助教授、2004年教授就任。この間、経済企画庁調査局、ハーバード大学イェンチン研究所にて情報経済や企業投資分析に従事。情報化に関する審議会などの委員も数多く務めている。
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インフォメーション・エコノミー: 情報化する経済社会の全体像
・著者:篠崎 彰彦
・定価:2,600円 (税抜)
・ページ数: 285ページ
・出版社: エヌティティ出版
・ISBN:978-4757123335
・発売日:2014年3月25日

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日米経済が逆転した歴史を振り返る
(Photo/Getty Images)

情報化で繁栄が見込まれたのは米国より日本だった!?

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 この連載では、「今起きていることには源流がある」との観点から、1990年代に注目してきた。今回は、同じ観点で日米経済の「明暗と逆転」の構図を考えてみよう。重要なターニングポイントになるのは、ここでも1990年代だ。

 かつて、未来論や文明論的な意味合いで議論されていた「情報化社会」が、現実の問題として生産性や経済成長などマクロ経済分析の表舞台に登場し始めたのは、1980年代のことだ。

 その当時を振り返ると、米国はスタグフレーションに苦しんでおり、情報化には否定的な見解が広がっていた。生産性パラドックスを指摘したソローの軽妙なコメントはその象徴だ。多くの企業がこぞって情報化投資を行い、維持管理にも相当の経営資源を充てていたが、経済は停滞感を強めていた。

 一方、太平洋を挟んだ日本は、1980年代に良好な経済パフォーマンスを続け、世界には、Japan as No.1との称賛が響き渡っていた。とりわけ、マイクロ・エレクトロニクス分野の躍進には目を見張るものがあり、情報化が進めば、日本が得意とする半導体などの電子産業が中核となって、将来も繁栄が約束されるとの期待感が高まっていた。

日米経済の「明暗」とその「逆転」

 皮肉なことに、1990年代に入り、PCやインターネットの爆発的普及と共に情報技術革新がいよいよ本格化すると、日米経済のパフォーマンスは1980年代とは正反対に入れ替わった。

 米国経済は、情報化投資にけん引されて「健全な10年」と称されるほどの景気拡大を謳歌した。対照的に、日本経済は、それ以降長期の停滞に陥り、けん引役と期待された情報化投資も短期的な増減をくり返すだけに終わったのだ。

 つまり、1990年代には、米国経済の活況と日本経済の停滞という「明暗(コントラスト)」だけでなく、それが1980年代とは見事に「逆転」したという二重のコントラストがみられたわけだ。

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図1 日米経済の「明暗」とその「逆転」
(出典:筆者作成)

 こうした「コントラスト」がみられた1990年代について、日本を代表するマクロ経済学者の吉川洋東京大学名誉教授は、単に日米両国の経済が「大きく明暗を分けた」というだけでなく「近年で初めて日米経済の実態ないし一般的評価が逆転した10年間」だと位置づけている(吉川・松本[2001])。

【次ページ】情報化と重なる「明暗と逆転」のタイミング

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