• 2026/08/31 06:10 掲載

AIでイノベーターは育つ?大手製造業3社の調査で見えた「社員を動かす」意外な条件(2/2)

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AIプロンプトが社員を動かした意外な理由

 本調査では、次の3点が把握されました。

(1)イノベーターは、イノベーション実現のための思考・行動を意識して実践している
(2)AIを、思考・行動を実現するために活用している
(3)AIで得た情報などを基に、思考を「行動」へ落とし込んでいる

 この結果を基に、イノベーターによるAIの使い方を「プロンプト」に展開し、その前後に必要となる「行動」とともに標準化すれば、イノベーターの思考・行動を一般の社員にも普及できる可能性があるのではないか、という議論が行われました。

 そこで、その効果と実現性を検証するため、限定されたメンバーによる「試行」を実施しました。試行によって分かったのは、AIプロンプトが「行動」を引き起こすイネーブラーになるということです。試行では、多くの参加者がAIプロンプトを使うだけでなく、求められた行動まで実践しました。

 一方、試行用に行動を記述した「方法論」にある、具体的な実践方法、すなわち手順やフォーマットなどを参照し、そのとおりに行動した参加者は一握りでした。

 どのように行動するかを示した手順やフォーマットは、行動を起こす上で必ずしも有用ではなかったのです。その背景には、AIプロンプト自体が持つ「コンテンツ主導」の行動誘発力があることが分かりました。

 従来、目指す思考や行動を組織に普及させるためには、手順、フォーマット、記入例などを示す「プロセス規定」の方法が取られてきました。この方法は、ルーチン作業においては、担当者による品質の差や抜け漏れを防ぐ効果があります。しかし、創造性が重要となる作業では、必ずしも十分な効果を発揮しません。

 イノベーションのような難問には、簡単に答えが出ません。そのため、手順やフォーマット、記入例が分かっても、求められる行動やそれに必要なアイデアを生み出すことは困難です。結果として手順やフォーマットの運用には手間がかかる一方、得られる成果は限定的になってしまいます。

 これに対し、AIがアイデアを提示すれば、ユーザーはそこから別のアイデアを発想できます。本来であれば、必要な行動を起こした後に初めて得られる内容を、AIが先回りして示してくれれば、ユーザーは安心して行動を起こし、さらに良い情報を得ようという気持ちになります。

 知らない相手に会うといった、尻込みをしやすい行動についても同様です。そこで何をするのか、どのような中身が得られるのかが見えていれば、行動へのモチベーションが高まります。

 また、知らない人に会う際の心理的なハードルも下がり、ためらわず行動を起こしやすくなります。

 その場合、どのような手順で行動するかについては、標準的な手順がなくても、提示されたコンテンツを基に考えることができます。

AIだけで「成果」を量産できない、最後に必要な経営者の仕事

 日本では、多くの場合、イノベーターに対するマネジメントの関心は低いのが実情です。

 もちろん、成果を出せば褒められ、評価もされます。しかし、イノベーターは粛々と仕事を進めていくため、上長が強い関心を持って対応する必要性が低いと考えられがちです。それとは対照的に、上長は問題を起こしそうな部下や、すでに起きてしまった問題への対応に多くの時間を割きます。

 日本の過去のイノベーターの業績を調べると、そこで使われていた思考・行動の中に、「リーンスタートアップ」など、その10年後、20年後に海外で体系化され、世界に広がったものがあることが分かります。

 世界に広がるよりも前に、日本のイノベーターが生み出していたイノベーションの思考・行動方法は、本人の周辺にいた後輩には伝わります。

 しかし、それが企業の中で体系化されて残るわけでも、ましてや世界に広がるわけでもありません。イノベーターの退職とともに、企業から消滅してしまいます。すると、新しく現れたイノベーターは、再び一から、イノベーション実現のための思考・行動を生み出すことになります。

 これでは、いつまでたっても、イノベーションに関わる知見の拡大再生産は進みません。リモート会議の普及、パワーハラスメントなどに対する世間の反応、飲み会の減少なども、この傾向に拍車をかけています。

世界のP&Gが再現性高くイノベーターを輩出できるワケ

 一方、世界には、P&Gのように、成功や失敗から得た知見を相互に伝え合い、高め合うことが文化として定着している企業があります。

 P&Gは、ラルフ・ローレンやリーバイス、ユニリーバなど、世界的企業のCEOを輩出してきたことでも知られています。有能な人材の育成と製品イノベーションの両面で注目される企業であり、若手の段階から長期的にビジネスリーダーやイノベーターを育てることを重視しています。

 その目的は、文化や価値観を共有し、再現性高くイノベーターを輩出することにあります。重要な文化の1つが、「Share & Reapply」です。

 これは、成功・失敗事例や、そこから得られた知見を組織全体で共有(Share)し、社内ネットワークを通じてグローバルグループへ横展開(Reapply)することで、個人の知見を組織的なイノベーションに転換するものです。

 「Share & Reapply」が機能する背景には、組織文化として定着している、いくつかの考え方があります。

 たとえば「Day1カルチャー」です。入社初日から大きな裁量権を与え、責任者として企画、提案、関連部署の巻き込み、承認の獲得、実行までを担わせることで、オーナーシップとリーダーシップを育成します。

 また、「Feedback is gift」という考え方もあります。

 上長との1on1やメンター制度を通じて、積極的にフィードバックを得るというものです。たとえば、Day1カルチャーを実現する上でも、多頻度かつ多角的なフィードバックが行われ、仕事を任された社員を支援しています。

 ただし、1on1の制度、知見を共有するネットワーク、「Share & Reapply」のセッション、KPIなどは、あくまでも支援ツールです。

 社員が制度にしたがって行動しているのではありません。互いの知見を共有し、活用することが、文化、すなわち組織に根付いた自立的な行動として定着しているのです。この文化を維持しているのが、P&Gの「Value」に掲げられた、次の考え方です。

「We take pride in results from reapplying others’ ideas.(他者のアイデアを適用した成果に誇りを持つ)」

 経営者は、機会があるたびにこのValueを語り、その実践をリードし続けています。

 P&GにおけるValueの位置付けは極めて重要です。歴代のCEOや経営幹部が、その実現を徹底してきました。たとえば、CEOのジョン・モーラー氏は、次のように明言しています。

「Our PVPs(Purpose、Values、Principles)are the foundation for everything we do. They have guided and sustained us for more than 185 years.(当社のPVPは、あらゆる活動の基盤となっており、185年以上にわたり私たちを導き、支えてきました)」

 AIが、蒸気機関やインターネットに例えられるような、人類にとっての大きな変曲点であることは間違いないでしょう。

 本稿で示した、AIを活用してイノベーターの思考・行動を組織的に普及させる取り組みも、この変曲点の1つだと考えます。しかし、AIというツールだけでイノベーターを量産することは不可能です。

 イノベーターの思考・行動が、自社の「知的財産」であるという全社的な共通認識を確立すること。イノベーターの思考・行動を抽出し、体系化し、普及させるサイクルを、組織文化として定着させること。そして、そのための仕組みを整備すること。

 これらを実現するには、経営トップのコミットメントと継続的なリーダーシップが欠かせません。

 AIという、イノベーターの思考・行動を組織に広げるイネーブラーを、企業はどのように使うのか。今後の日本企業にとって、重要な論点になると考えます。

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