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  • 2013/04/09 掲載

ブラック企業というジレンマ──容易に白黒つけられない就職の話(2/2)

『大学図鑑!2014』監修者 オバタカズユキ氏 論考

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学生たちはブラック企業をどう見ている?

 後日、この話を大学でキャリア教育に携わっている知人に話した。企業の人事マンたちが言っていたように、実際の学生は「ブラック企業かどうか」を気にしているのだろうか。学生サイドの立場から就職活動の現状を知るプロに確かめたかったのである。

 知人によれば、「概ねその通り」だと言う。就職支援の現場では、「ここはブラック企業ですか?」「ブラック企業かどうかはどう見分ければいいんですか?」という質問が急増しているとのことだ。

「これだけ話題になっているのだから、大勢が気にすること自体はそんなもんだろうと思いますよ。問題なのはそこばかりに拘泥して、就職活動に身が入らなくなってしまう学生が少なからずいることです。『ブラック企業にしか入れなかったらどうしよう』と過剰に心配して、企業社会に出ることを恐れてしまう」

 そんなに「ブラック企業」は、学生を抑圧しているのか? 応募を考えている企業に不安を覚えるなら、これだけ発達したインターネットでチェックをすればいいじゃないか。

 読者のみなさんもためしに「あそこは怪しい」と直感する企業名を、グーグルなどで検索していただきたい。それがまさに怪しい企業なら、検索窓に社名を入れてスペースキーを押しただけで、「ブラック」の検索予測に誘導されるはずである。そうでなかったら、「企業名」と「ブラック」をアンド検索してみる。結果、ずらずらと告発や非難の声が出てきたならば、「ああ、ここは止めておこうかな」と判断するのが普通だろう。火のないところにボーボーの煙は立たない、ということで避ければいいのだ。違うだろうか?

photo

『大学図鑑!2014』

 「それはそうなんですけど」と知人は言う。「インターネットでかなりのことがわかるし、大学のキャリアセンターで真剣に聞いてみれば、直接的に『そこはブラック企業だよ』と教えてくれてくれなくても、『そうだね、もうちょっと他の企業や業種も検討してみるといいね』というように感触を伝えてくれます。けれども、そうやって主体的、合理的に行動し、判断できる学生は放っておいても納得の就職先を見つけてくる。困るのは、そうではない学生が多いことなんです。主体的、合理的に動けないし、下手に動くと人たらしに引っかかってしまう」

 人たらしに引っかかる?

「それが典型的なブラック企業就職のパターンなんですよ。合同説明会などで人だかりを見つける。なんだろうと覗いてみたら、自分の仕事について熱弁している社員がいて、その姿を羨望のまなざしで仰ぎ見ている学生たちがいる。熱弁社員はたいてい見栄えのいいスマートな若手です。その場がとってもポジティブで活気づいているんです。ブラック企業は、そうした自己演出が巧みなんですね。それが、人たらし。事前情報で『怪しい会社かも』と思ってはいても、『噂と違って、輝いている……』となる学生はいっぱいいます」

 なるほど。どんなに情報が出回っても、「リアル」に勝る説得力はない、というわけだ。もう成人過ぎの大人なのだから、その程度の人たらしに引っかかる学生ってどうなの、と言いたくもなるが、なにかと精神が不安定になる就職活動期だ。健康不安を抱える中高年がトンデモな健康食品にハマるのと同じように、スマートでポジティブに装った「ブラック企業の人」に惑わされる就職活動生がいてもおかしくはない。

 ならば、である。精神不安定になる就職活動期の前に、「ブラック企業」について、見分け方や、もしそこで働くことになった場合の身の守り方などを教えたらどうだろう。新書の『ブラック企業』では、中等教育の生活科の中での労働法教育が提起されていたが、教える人材を調達しやすい大学でこそ取り組むべきでは?

「その話は、キャリア教育の世界でも必要だと言われ始めているところなんですよ。ごく一部ですが、すでにそうした授業をやっている教員もいます。けれども、実際はとても難しい。学生のためを思って労働についての教育をすればするほど、肝心の学生たちが委縮してしまうからです。『会社って怖い』という部分ばかりを拾ってしまい、『俺には無理っす』と背を向けてしまうんですね」

 今どきの学生は、そんなに弱っちい若者ばかりなのか?

「昔よりも弱くなったかどうかはともかく、我々も自分の大学時代を思い出せば、今の学生がダメだとは言えないと思いますよ。自由なキャンパスライフを早くおしまいにして厳しい企業社会で働きたい、という学生は例外的にしかいなかったでしょ。厳しい現実に立ち向かうために法律知識で武装して、なおかつバリバリ働きたい、という大学生イメージは描けないでしょう」

 それはそうだ。バブル前夜だった私の学生時代、企業社会の負の側面に意識が行く大学生は、公務員志望者ばかりだった。コツコツと試験勉強をしてソコソコの社会人生活の道に進むことを良しとしていた(最近は、激務やパワハラで「ブラック化」している公務員の職場も多いそうだが)。コツコツもソコソコも難しい場合、フリーターという道を選択するやつも出てきた頃である。あれは、確実に企業社会からの逃避だった。

 当時でさえそうだったのだから、物心がついて以来ずっと不況だリストラだ先の見えない日本社会だ、と聞かされ続けてきた今の学生が「ブラック企業」に脅えてうろたえるのも仕方ないだろう。その存在が広く知られていくことは必要だし、必然的な流れだと思うが、その副作用というのかな、知れ渡ることによる各現場の混乱もまた事実として存在するわけなのである。

「ブラック企業」というジレンマがある──。

 煮え切らない感じで我ながらスッキリしないのだが、ひとまずはこう言い表すのが適当な状況にあるようだ。「ブラック企業」にスポットライトを当てるほど、就職活動生が委縮し、企業の新卒採用担当者も胸襟を開けなくなる。学生を支援する大学ができることも限られている。しかし、「ブラック企業」の問題は放置すべきではない。だから、私も微力ながらこうして「ブラック企業」にスポットライトを当てた記事を書く。すると余計に就職活動生が委縮するかもしれず……。

 いや、スッキリしない感じを受け入れることも、それはそれで外せないポイントだと言いたいのだ。社会で働くということは、ジレンマとつきあう術を身につけることかもね、と思うのだ。

●オバタカズユキ
1964年、東京都生まれ。上智大学文学部卒業。出版社勤務後、フリーライターになる。社会時評、書評、取材レポート、聞き書きなど幅広く手がける。
著者は『何のために働くか』(幻冬舎文庫)ほか多数。沢田健太『大学キャリアセンターのぶっちゃけ話』(ソフトバンク新書)などの企画・構成も担当する。年刊本の『大学図鑑!2014』(ダイヤモンド社)は1999年の発行から15冊目。

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