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- 2018/11/20 掲載
「パブリック・アフェアーズ」とは何か? 元グーグル 藤井宏一郎 氏が挑戦するワケ
連載:2030年への挑戦
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イノベーションに必要な「パブリック・アフェアーズ」とは
藤井氏:パブリック・アフェアーズを知るには、PRとは何かを考える必要があります。PR(パブリック・リレーションズ)には、ステークホルダー全般との関係を構築する広義のPRと、メディアリレーションズをする狭義のPRがあります。
広義のPRのうち、主に政府や業界団体、NPOなどを相手に、社会性や公共課題の要素が強いものを扱うのが、パブリック・アフェアーズであると考えています。
商業的なPRではなく、規制や社会的課題がテーマのPRです。ロビイングのような対人関係による「地上戦」中心の場合もあれば、メディアを通じた「空中戦」中心の場合もあります。
──それは陳情のようなものですか。
藤井氏:日本の典型的な大企業には、自動車や鉄鋼などの業界ごとに、それぞれの団体がありました。産業界なら究極的には経団連という組織に集約されていて、政府とさまざまな交渉をしてきたのです。
経営企画、総務、渉外などの肩書を持つ人が業界団体活動の一環としてやっていました。政治家の接待や談合は昔からあり、産業界、政治、役所は密にやってきたからこそ政官財の癒着を表す「鉄の三角形」という言葉や「天下り」というシステムがあったのです。
しかし、最近生まれたスタートアップには、政治家との関係構築をしてきたような人がいません。そうすると、20代の若者がビジネスを立ち上げたら、直前になって「これは法律でできません」と弁護士事務所から知らされるようなことが起きてくる。
これが少人数のスタートアップだけではなく、IT業界を中心とした上場企業でも起きていることから、パブリック・アフェアーズという仕事が注目されるようになったのだと思います。
従来から欧米にはロビイストがいたので、金融や製薬などの外資系企業では日本オフィスに政府渉外交渉担当がいました。
2000年代に入り、大手外資系IT企業などが政府渉外担当を置くようになると、以前の日本で接待をしていたような人ではなく、元官僚や元議員秘書のような新しい人材が現れてきたのです。
――イノベーションを起こそうとしているビジネスマンにとって、パブリック・アフェアーズはどういう関係がありますか。
藤井氏:僕らは技術に対する批判的な観点も見ているので、新しいものについて批判されるポイントを分かっています。
たとえばSNSであれば、「子どもがスマホ漬けになったらどうするんだ」など、どういう批判が出る可能性があり、どんな技術上・実務上の対応をすればその懸念を払拭できるかが分かります。そこを解決する点でお役に立っていると思います。
グーグルを辞め、「公共領域」に取り組んだワケ
――そのパブリック・アフェアーズの領域で、どんなことに取り組んでいますか。藤井氏:我々マカイラは「イノベーションアドボカシー(技術革新領域への政策提言)」をミッションとしています。今の時代は、公共政策空間における、お金を稼ぐアイデアや仕組みの知恵が足りていません。しかし、既得権益などそれらの実現に反対する人もいます。
その人たちを回避したり説得したりしながら、必要なところに知恵とビジネスをもたらすのが、今一番必要な、新しい時代のパブリック・アフェアーズだと思っています。
テクノロジー、文化、社会イノベーションの3つの領域で、広報やロビイング、イベント企画、ネットワーキング、セクター間連携などを通して、世の中にさまざまなムーブメントを起こそうとしているのです。
マーケットで拾いきれないものをどう企業戦略に入れていくかという課題があります。市場のステークホルダーとの関係だけではない部分でこれからの社会は動いていきますが、こういう「非市場戦略」を専門にしているコンサルティング会社がなかったので、自分でやることにしました。
僕らの戦略の一つにロビイングがあります。イノベーションを起こそうとしている企業の、公共戦略を考える部分を担っているのです。新しい産業を立ち上げる時に、既存の規制などの社会との利害調整や業界団体との調整、社会での認知度の調整が仕事だと思っています。
――藤井さんはもともとグーグルの執行役員兼公共政策部長として、日本でのインターネットをめぐる公共政策の提言などをされていましたが、どうして起業されたのですか。
藤井氏:グーグル自体は素晴らしい会社ですが、一つの業態に限られていますし、一つの企業での話です。僕が5~10年いるよりも、新しいことをやろうとしているスタートアップなどを助けた方が、相対的に意味があると思ったのです。日本の産業の手伝いもしたいと思いました。
それから、公共戦略コミュニケーションの領域で、本当に活力(エナジー)のあることをやりたければ、事業側ではなく、PRエージェンシー側に行かなければならない気がしていました。一度(事業会社の)組織のロジックから身を剥がして、何が最先端で、その業界がどこに進むべきか、次の手法は何になるかを考える時間と権限が必要です。
事業会社側のパブリック・アフェアーズを含むPR業務は、PRエージェンシーから提案を受けたロジックを社内に通すための社内調整と予算立てになりがちな時もあるので。最先端を社会で考え続けるためには、フリーにならなければならない部分があるのだと思います。
「SDGs」に足りないもの
――2030年に向けたテーマである持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals、以下SDGs)をどう見ていますか。このため、環境基準を引き上げることにより環境技術への投資インセンティブを作ったり、公共セクターを巻き込んだ社会的キャンペーンにより消費者の意識を喚起して市場を拡大したりする活動があります。これはまさに我々が目指すイノベーションアドボカシーと一致しています。
一方で、本当に最先端のテクノロジーやイノベーションが引き起こす可能性のある社会的弊害のようなものへの意識が、SDGsには薄いとも思っています。また、「民間イノベーションにより経済成長とサステナビリティが両立可能である」というそもそもの思想が若干希望的すぎるというか安易な部分もあります。
イノベーションアドボカシーの観点からはそれらの意味でのサステナビリティもきちんと考えていきたいと思っています。
SDGsは途上国における保健衛生や教育、貧困問題を扱っていたMDGs(ミレニアム開発目標)に、気候変動の問題が加わり、持続可能な発展の話として出てきました。これには、途上国問題を中心とした地球規模のサステナビリティの問題を解決するための先進国の責任という面があります。
では、先進国で起きる最先端のテクノロジーの弊害の問題への先進国の責任はどうするのかという論点があります。
我々は、社会イノベーションを指向していて、SDGsは一つの社会イノベーションを目指すツールなので、当然SDGsに関心はあります。当初心配されていたよりも産業界がついてきたことはとてもポジティブな動きだと思っています。
国際機関・政府・産業界が一体となった社会的な意識喚起プロモーションとしては、有効性についてさまざまな批判はあるにせよ、近年にないほどうまく行っているのでは。関係者の努力もさることながら、産業界でソーシャルビジネスが盛り上がったタイミングと、MDGsが終わるといった国連のフレームワークが更新されるタイミングが一致したのだと思います。
――先ほどの「先進国で起きる問題の先進国の責任」とは。
藤井氏:一方で、普段から政策提言をしている立場からすると、安易なテクノロジー・経済成長礼賛でなく、テクノロジーや経済成長がもたらす社会が本当に人を幸せにするのかは、それとは別にきちんと考えなければならないと思っているんです。 その意味ではSDGsは、まだ20世紀的な感じがしますよね。
たとえば、フェイクニュースのような分断するメディアによって、民主主義が壊れていく過程があります。
それにインターネットプラットフォームがどのような影響を及ぼしているのか。あるいはAI社会での人間の価値や労働というものの位置づけをどう考えていくのか。遺伝子工学が発達した社会での人の尊厳や生命をどう考えていくのか。先端技術の急激な発展による産業構造の変化に社会は耐えられるのかーー。
そのような先端技術によるディストピアの危険性に対してどうやって人間性や社会を維持していくのか、という意味での「サステナビリティ」も、我々が向かっていこうとする未来の重要なテーマなのです。
そういう話はSDGsでは表には出てきません。テクノロジーやイノベーションを、どう監視・監督していくかの視点が若干薄いと思っています。
たとえば「数値化される社会」というのが欧米で話題になっています。データ覇権社会がどこまで人の精神や行動の自由に影響して、どういうふうに民主主義や資本主義に影響するのかについての検討です。今はとにかく経済成長を得たいがために「イノベーション万歳!」になっていて、イノベーションに対する批判的検討がちゃんと行われていない気がします。
中国政府によるデジタル技術の活用は「デジタル・レーニン主義(テクノロジーを共産党の統治に活用すること)」とも揶揄(やゆ)されますが、権力による集中的コントロールと経済成長を両立させるそのモデルは多くの途上国の為政者を引き付けています。
するとこれから先、グローバルなリベラルデモクラシー(自由民主主義)に対する深刻な挑戦が始まる可能性があります。 そのような意味での世界の体制的なサステナビリティも重要です。
テクノロジーで経済が成長したら問題が解決する側面は否定してはならないけれど、テクノロジーを推進している国家がどんな国家で、どういう形でテクノロジーを規制して、どういう社会を作っていくのかが課題です。
【次ページ】2030年は、このような社会になる
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