クラウドと連携することなくエッジ側で学習
これまで述べてきたように、ディープラーニングは基本的に大量データを使って学習させる必要があるため、エッジ側で機械学習を行うには負荷が掛かりすぎるという課題がある。こうした課題に応えるため、ディープラーニングではない新たなアルゴリズムで解決しようという動きもある。
この中で注目を集めているのがエイシングだ。エイシングは、2018年8月に「大学発ベンチャー表彰2018~Award for Academic Startups~」において、経済産業大臣賞を受賞し、AI業界で注目を浴びている岩手大学発のスタートアップだ。
同社はクラウドを介さず、リアルタイムで自律学習できる独自AIアルゴリズム「DBT(ディープ・バイナリー・ツリー)」を開発した。
エイシング 代表取締役CEOの出澤純一氏は「DBTは、大規模な計算環境を必要とするディープラーニングとは異なるアルゴリズムです。ディープラーニングは、認識を司る頭頂葉的な働きに近く、DBTは反射的に反応する小脳的な働きに近いイメージです。DBTにより、従来までクラウド側で担当していた学習モデル作成を、現場のエッジ・デバイスで行えるようになりました」と語る。
DBTは、クラウドと連携することなく、エッジ側で学習し、 超軽量動作・高速データ処理・ リアルタイム学習・ スタンドアローン(自律学習)というエッジAIに適した特徴を有している。
「これらの特徴から、工作機械やロボットなどの経年劣化の補正、モータなどの製品や、環境変化の個体差を補正できるようになりました」(出澤氏)。
つまり同社では、エッジ側の計算環境を高めるアプローチではなく、 機械制御に特化した学習をするために、小変量データを利用し、エッジ側での学習と予測を、たとえばRaspberryPiでもマイクロ秒オーダーで実現できるという。
新アルゴリズムでエッジAIに取り組むスタートアップ
エイシングのほか、いくつかの注目企業を上げると、東工大発のSOINN(ソイン)や、海外ではFalkonryなどが挙げられる。
SOINNは、データを与えることで自ら育つ人工知能という点でDBTと似ている。ノイズが混入したデータでも、そのまま学習データとして活用でき、学習が進むと、あらゆるデータの自動分類や予測を高精度に行えるほか、多くの機器の自動制御も行える。少しの計算で学習できるため、市販PCで数分から数時間ほどでビッグデータを処理したり、スマホでの学習も可能だ。
SOINNは「GNG(Growing Neural Gas)」と呼ばれるアルゴリズムを参考に、大脳皮質の視覚野をモデル化した自己組織化マップ「Self-Organizing Map」(SOM)を組み合わせたもので、追加学習が可能な「オンライン教師なし」の学習手法だ。
熊谷組はSOINNを導入し、建機をAI制御で自動走行させることに成功している。カメラ画像で事前に教示運転を行い、経路データを作成する。AIは経路の始点・終点の位置、土砂積込み、土砂廃棄などの目標を考慮し、コスト・時間が最小となる運行計画パターンを生成。あとは作業者が始動させるだけで、AIが複数の建機の進行・停止を判断し、効率的に所定作業を達成する。
また、Falkonryは米国のベンチャーだが、従来の予兆保全だけでなく、予兆オペレーション(Predictive operations)という概念を提唱。同社は、製造プロセスの品質に関する原因まで踏み込んで、的確なコントロールができるAIソリューションとして「Falkonry LRS」を開発している。
Falkonry LRSも、特徴抽出にディープラーニングを使わず、「独立成分分析」(Independent Compornet Analysic)と呼ばれる信号処理アルゴリズムを応用している。最近ではエッジ側に配置し、リアルタイムの予兆を行うソリューション「Falkonry Edge Analyzer」も発表した。
このように、エッジ側で機械学習まで行える技術を持っている企業は、まだ数少ない。しかし、ますますエッジ側でのAI処理が重要になっている現状では、エイシングやSOINNなどのように、従来にはないアプローチでエッジAI市場を切り拓くスタートアップも現れてくるだろう。