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  • 2019/12/12 掲載

「数十万円の工芸品をポンと購入」、インバウンド旅行者が金沢でお金を使うワケ 篠崎教授のインフォメーション・エコノミー(117)

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地域経済の活性化で観光産業が注目されている。新幹線などのインフラ整備はもちろん重要だが、現在では「情報産業としてのツーリズム」という視点も欠かせない。インフラ整備の効果を一過性で終わらせない巧みなインバウンド観光戦略とは何か。歴史と文化に彩られた地元ならではの魅力を活かす金沢の取り組みにヒントがありそうだ。地域の「コンテンツ」から生まれた「人的ネットワーク」とそれが織りなす「物語」の役割について考えてみよう。

執筆:九州大学大学院 経済学研究院 教授 篠崎彰彦

執筆:九州大学大学院 経済学研究院 教授 篠崎彰彦

九州大学大学院 経済学研究院 教授
九州大学経済学部卒業。九州大学博士(経済学)
1984年日本開発銀行入行。ニューヨーク駐在員、国際部調査役等を経て、1999年九州大学助教授、2004年教授就任。この間、経済企画庁調査局、ハーバード大学イェンチン研究所にて情報経済や企業投資分析に従事。情報化に関する審議会などの委員も数多く務めている。
■研究室のホームページはこちら■

インフォメーション・エコノミー: 情報化する経済社会の全体像
・著者:篠崎 彰彦
・定価:2,600円 (税抜)
・ページ数: 285ページ
・出版社: エヌティティ出版
・ISBN:978-4757123335
・発売日:2014年3月25日

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インバウンド旅行者が金沢で消費する理由とは
(Photo/Getty Images)

金沢のインバウンド旅行者は定住人口の1割増に匹敵

 人口46万人の金沢市は、今、交流人口の拡大で活気づいている。2018年の延べ外国人宿泊者数は52万人で、「インバウンド客11人で定住人口1人分の経済効果に匹敵」するとの試算に依拠すれば(注1) 、人口が約1割(4万7000人)増加したのと同じ効果だ。

注1:2019年10月16日に日本政策投資銀行北陸支店で行った聞き取り調査による。

 前回みたように、その立役者はコアな日本ファンのリピーター客だ。国・地域別の宿泊者数をみると、最も多いのは台湾からの旅行者で、その背景には、台湾と金沢の間に「人が織りなすグローバルな歴史の物語」があった(図1)。

画像
図1:外国人延べ宿泊者数の国・地域別構成比(%)
(出所:金沢市観光協会資料より作成)


 もうひとつ、金沢のインバウンド旅行者で際立つのが、イタリアなど欧米豪からの旅行者の多さだ。金沢市観光協会によると(注2) 、2018年に欧米豪から金沢を訪れた旅行者の割合は35.7%で、全国平均の16.4%を大きく上回る。

注2:2019年10月17日に金沢市観光協会で行った聞き取り調査による。

 特にイタリアの割合は4.2%(全国平均は0.9%)と、フランスの3.8%(同1.4%)やイギリスの3.3%(同1.5%)を上回り、欧州各国の中ではトップを占める。今回は、この切り口から、豊かな文化と伝統を背景に「人が織り成すグローバルな歴史の物語」と、それを巧みに活かした観光戦略について、現地調査で何が見えてきたかを解説しよう。

なぜイタリアからの訪問者が多いのか

 イタリアからの旅行者が多い金沢だが、意外なことにイタリアとの間で姉妹都市などのフォーマルな関係はない。だが、そこには興味深い「人のつながり」があるようだ。デザイン、工芸、繊維などの面で地域特性が似ており、これに関連した「人の往来」が多いのだ。

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 たとえば、金沢の新しい名所となった21世紀美術館(2004年開館)の初代学芸課長を務めた長谷川祐子氏(東京藝術大学大学院教授)は、ベネチア・ビエンナーレの日本館コミッショナーを務めるなど、国際的な活動でイタリアとのつながりが深い。

 さらに遡(さかのぼ)ると、工業デザイナーとして世界的に有名な柳宗理氏(1915-2011年)も忘れてはならない。金沢市は、日本中が「戦後の混乱と虚脱のなか」にあった1946年に金沢美術工芸大学を創立し、柳宗理氏は1956年に嘱託教授に就任した。

 同大学の柳宗理デザイン研究所で学芸員を務める鈴木彩可氏によると(注3) 、1957年にミラノトリエンナーレにて、柳宗理氏は金賞を受賞し、地元老舗百貨店のリナセンテ行われた展覧会では発案に関係したこともあり、大歓迎されたとの記録が残されている。

注3:2019年10月17日の聞き取り調査による。

 金沢が擁するデザインや工芸という文化的な「コンテンツ」に人が織りなす歴史の物語(=情報)が加わり、「行ってみよう」「会ってみよう」「見てみよう」という情報を起点にしたリアルな動きが惹起(じゃっき)されているのだ。

地域特性を熟知した巧みなインバウンド観光戦略

 歴史的な背景から個人レベルの“つながり”が都市間の交流につながり、ひいてはそれが地域経済の活性化につながっている現象は、連載の第70回73回76回で解説したネットワーク理論の「リワイヤリング」「スモールワールド」「マルチレベルネットワーク」そのものだ。

 これらの背景を知れば、交流人口増加による金沢の活況が、決して一朝一夕に形成されたわけでないと理解できるだろう。大切なのは、時間をかけて蓄積されてきたこうした地域特性=コンテンツを現在のインバウンド観光戦略にどう活かすかだ。

 その点で、北陸新幹線の開業というタイミングを逃すことなく地元が取り組んだ戦略は巧みだった。金沢の名所兼六園では、パンフレットの言語選択のため、古くから入場時に外国人の出身地を尋ねていた。このデータの蓄積をマーケティングに活かしたのだ。

 ビジネスチャンスを嗅ぎ取っていた大手旅行業者を巻き込み、地元の官民が一体となって、かなり踏み込んだ取り組みを実践したという。日本館が大好評だった2015年のミラノ万博は、その起爆剤となったようだ。

 欧米豪からの来訪者が多いというデータを踏まえて、今ではイタリアのハネムーン層をターゲットとする誘客にも注力している。ネットでの情報発信だけでなく、旅行会社の現地支店に色鮮やかな手芸の手毬を展示するなど、対面によるリアルな情報発信も積極的だ。

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金沢市観光協会では6カ国語に対応した観光案内WEBサイトを運営。ソーシャルメディアでも積極的に情報発信している
(出典:一般社団法人 金沢市観光協会)

【次ページ】オーバー・ツーリズムを緩和するターゲット戦略

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