システム部員の目線を、コンピュータから業務・ビジネスへと変える
カシオ計算機のCIOである矢澤氏がこれまでに進めてきた「システム部門の自己改革」の1つは、部員の目線をコンピュータから業務、そしてビジネスへと変えること。そしてもう1つは、先進のITを取り込んで、ユーザー部門の業務改革上のボトルネックを解消し、改革を加速することである。
カシオ計算機のシステム部門である業務開発部には、「IT」や「システム」の文字がない。これは、「システム部門はITを用いて業務改革を進める部門でなければならない」というTOPの思いによるもので、1997年に名付けられた。これを受けた矢澤氏は、まず部員の目線を、コンピュータから業務・ビジネスへと変える施策を実施した。
施策の1つは、ERPのグローバル横展開において実施した、仮説に基づくユーザーのリードである。ERPのグローバル横展開では、業務の標準化を進める。そのためには、各国の要望をすべて聞いて対応していては、標準化は進まない。また、標準の中には、自社の強みが盛り込まれているため、これを各国に普及させることで、グループの力を高めなければならない。しかし、推進役のシステム部門に、然るべき仮説がなければ、ユーザーの言われるままにシステムを作らざるを得ない。そこで、徹底的に業務の目指すべき姿の仮説を突き詰める。業務の本質は何か、自社の強みは何か、何は不要かといった切り口で仮説を突き詰め、また、どのようなギャップにどのように対処または説得するかまで考えておけば、ユーザーをリードして要件を固めることができる。国ごとの業務の違いを理解し、無理のない標準化への移行策を提案できる。
この方法は、コンサルタントに任せていたフィットギャップ分析を自社で内製化し、苦労して確立したものだ。この、仮説に基づきユーザーをリードする推進方法では、まず矢澤氏が、自ら各国ユーザー部門のトップとセッションを実施し、目的や価値、重要な課題と解決策などを握ることを行っている。これは、これまでの実践の中で、トップの理解が推進上の成功要件であると認識したからだ。
一般的に、ERP導入において、フィットギャップをコンサルタントに任せてしまい、業務との接点を逆に失うシステム部門も多い中で、コンサルタントの仕事を内製化し、これを切り口に部員の目線を業務に向けさせるというカシオ計算機の方法は、特筆に価すると思われる。
部員の目線を業務・ビジネスへと変えるための施策として、CIO自らの考え方を部員に伝えることにも腐心している。CIOのブログは、そのための手段の1つだ。2005年から毎日続けているブログの中で、業務・ビジネスの目線で見ることの重要性、具体的な方法などを、いろいろな角度から部員に語りかけてきた。もちろん、その時々の重要な方針を噛み砕き、徹底することにもブログを使っている。
このようなことができる背景に、矢澤氏が、問題意識を持ち→実践し→そこから得られたものを仕組み化し→組織内で徹底するという、基本的な仕事の進め方を持っていることが挙げられる。カシオ計算機では、これを「定石」と呼ぶ。ERPの場合、「先に業務の仮説を突き詰め、これをもとにユーザーをリードして、標準化をまとめる」という定石を作り上げたことになる。このような定石は、後述するSOA基盤の構築や、人材育成制度確立などでも活用されている。
矢澤氏は現在、マーケティングや経営の意思決定を支援するシステム化を進めている。そのために、部員達の業務の目線をさらに引き上げ、ビジネス・戦略の目線を持たせようとしている。今後、これらのシステム化で苦悩の末に、新たな定石が生まれることだろう。