開閉ボタン
ユーザーメニュー
ユーザーメニューコンテンツ
ログイン

  • 会員限定
  • 2014/09/04

力士とプロ棋士の共通点である“超人伝説”の崩壊が、組織ブランドを失墜させる

【IT×ブランド戦略(27)】

新卒就活市場における「東大卒」「慶応出身」といった呼称や、中途採用市場における、「リクルート出身」「マッキンゼー出身」など、極めてブランド的な作用をする呼称は「組織ブランド」とも言うべき性質を持っている。ここで、「力士」「棋士」もまた人材に付与されるブランドであり、それらのケーススタディは貴重な示唆を与えてくれる。一見すると対極な存在である力士と棋士だが、成り立ちの背景や日本文化におけるポジションは非常に似通っている。今回は組織ブランドの性質を紐解く重要なポイントを、両者の共通点から探っていきたい。

プロジェクト・コンサルタント 後藤洋平

プロジェクト・コンサルタント 後藤洋平

予定通りに進まないプロジェクトを“前に”進めるための理論「プロジェクト工学」提唱者。HRビジネス向けSaaSのカスタマーサクセスに取り組むかたわら、オピニオン発信、ワークショップ、セミナー等の活動を精力的に行っている。大小あわせて100を超えるプロジェクトの経験を踏まえつつ、設計学、軍事学、認知科学、マネジメント理論などさまざまな学問領域を参照し、研鑽を積んでいる。自らに課しているミッションは「世界で一番わかりやすくて、実際に使えるプロジェクト推進フレームワーク」を構築すること。 1982年大阪府生まれ。2006年東京大学工学部システム創成学科卒。最新著書「予定通り進まないプロジェクトの進め方(宣伝会議)」が好評発売中。 プロフィール:https://peraichi.com/landing_pages/view/yoheigoto

曙 VS ボブ・サップ以後の「力士」ブランド

photo
力士とプロ棋士の共通点とはなにか?
 その昔、「力士は世界の格闘家のなかで最強」という話がまことしやかに信じられていた。その根拠が一体どこにあったのか、いまの感覚からすると不思議な感じがするが、20年前の日本では、割と自然にその考えが受け入れられていたように記憶している。

 その幻想は、徐々に崩れ去ったわけではなく、明確なタイミングで失われたのであった。

 2003年12月31日、大晦日のことである。日本人以外で初の横綱昇進という偉業を成し遂げ、1993年春場所から2000年までの7年間、第64代横綱を勤めた曙関。引退後は親方として後進の育成に務めていたが、格闘技への強き思いにより、K-1にデビューし、その初戦が全国ネット生放送で放映された。

 その晴れあるデビュー戦となった「K-1 PREMIUM 2003 Dynamite!!」で曙はボブ・サップと対戦し、結果は1ラウンドKO負けという、誰も予想しなかったあっけない幕切れを演じたのだった。

 K-1は、あらゆる格闘技から“ガチンコ”で真の最強選手を見出そうというコンセプトで、当時は大晦日の生放送で、紅白歌合戦への対抗番組として放映されるなど、まさしくその絶頂期を証明するかのような舞台だった。

 相撲取りが引退後に別の格闘業界に転身するということ自体が異例であり、様々な場所で物議をかもし、人々の話題をさらっていた。背負うのは、「力士は世界の格闘家のなかで最強」という威厳。

 多くの人の期待と不安を背負うなか、K-1を代表する看板タレントのボブ・サップ選手と戦って、たとえ勝たなかったとしても、死闘を演じるならまだしもである。だがあっという間に、いともあっさりとダウンを喫したこの夜、多くの人が茫然として年を越したのだった。

超人伝説によって「人に付与されるブランド」が生まれる

連載一覧
 「力士は世界の格闘家のなかで最強」などという、冷静に考えればこれはちょっとおかしな考えである。そんな子供だましのような風説がどうしてそこまで国民的な力を持ち、あれだけの規模の興行を動かしてしまったのだろうか?

 ブランドとは、本来的には、商品やサービスの送り手と受け手が正しく相互に共通認識を培うことによって、社会を動かす大きな力を持つ現象である。しかし時として、「評判の独り歩き」という厄介な副作用が起きることがある。

 力士は、その出で立ちからして明らかに一般の人とは違う。町で見かけると、誰でも吃驚する。力士がイベントで数十人の子どもたちを同時に相手して、びくともしない様子はテレビの夕方ニュースにおいては定番の画である。

 そこには純粋な意味での人間の可能性に対する感嘆の気持ちがある。同じ人間にも関わらず、天賦の才能を持ちそれに特化して日々研鑽することで、まさしく鬼神のごときパフォーマンスを発揮できるようになる。人間の可能性はなんと無限なことか、と。

 それがいきなり「世界の格闘家のなかで最強」まで飛躍するのは、意味不明といえば意味不明だが、「世界最強であって欲しい」とは、観る側の純粋なる願望である。それなりに格闘技の要素技術や歴史に詳しい人であれば、現実的な思考もできるものかもしれないが、ファンのほとんどは素人であり、素人の願望を否定するのは、野暮というものである。

 相撲取りがオールラウンドに様々な競技に取り組むような習慣があれば、そもそもそんな発想は生まれなかったのかもしれない。比較対照のしようがないので、「世界最強たれ」という観る側の願望を否定される日は来なかった。

 曙がK-1という“ガチンコ”を主たるコンセプトとする場で、初戦で敗北してしまったということは、何の因果なのかわからないが、極めて象徴的な話であった。

 2003年12月31日、それはブランドの持つ最もネガティブな側面が炸裂した日でもある。そして、何を隠そう、いま現在進行形で、喧々諤々と将棋界、及びテレビやネットメディアに話題を提供し続ける「将棋電王戦」こそ、この事例から何かしらの学び、教訓を得られるに違いない、ということが今回のテーマである。

【次ページ】力士と棋士は、どちらも超人である

ブランド向上・マーケティング・PR ジャンルのセミナー

ブランド向上・マーケティング・PR ジャンルのトピックス

ブランド向上・マーケティング・PR ジャンルのIT導入支援情報

PR

ビジネス+IT 会員登録で、会員限定コンテンツやメルマガを購読可能、スペシャルセミナーにもご招待!