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  • 2017/11/29 掲載

IT戦略を立案・策定するための方法、具体的にどのプロセスから着手すべきか

連載:「攻めのIT」を成功させる術理

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「攻めのIT経営」のためには、戦略的なIT投資によって、企業価値の向上を図ることが重要です。しかし、その実現手段となるべき「IT戦略」の定義や方法論は曖昧です。ITベンダーが提供するIT戦略立案サービスには、さまざまなアプローチや方法論が提唱されており、共通する概念や特徴を見出すことができません。本稿では、戦略本来の概念から戦略的手法の特徴に備えた「IT戦略のあるべき姿」を解説します。

ウルシステムズ 植田 淳

ウルシステムズ 植田 淳

1969年兵庫県神戸市生まれ。検査技師を目指していたが、プログラミングの趣味が高じてIT業界に就職。業務システムやCAD/CAM、組み込み系など、さまざまなシステム開発やマネジメントを経験後、ネット系ITベンダーに転職し、Webシステムのアーキテクトや自社製品のプロダクトマネージャとして、ソリューション開発やマーケティングに従事。ウルシステムズ入社後は、RFP作成やベンダーマネジメントなどの発注側支援のほか、IT戦略やシステム化計画の立案など、超上流工程案件を中心としたコンサルティング活動に従事している。記事に関する問い合わせはこちらまで。

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ビジネスに貢献するIT戦略には2つのポイントがある
(© taa22 – Fotolia)


映画イミテーション・ゲームに学ぶ「個別最適の罠」

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 ビジネス環境はかつてないスピードで変革しています。クラウドサービスの充実によって、スタートアップ企業がマーケットリーダーに匹敵する情報基盤を利用できるようになりました。デジタルテクノロジーを駆使するディスラプター(創造的破壊者)の躍進により、既存の産業構造やマーケットを大きく塗り替えようとしています。

 このようなビジネス環境の大転換期に企業が勝ち残っていくには、戦略的なIT活用によって、中長期的に企業価値や競争優位性の向上を図ることが欠かせません。では、戦略的なIT活用とは、具体的にどのような方法論で実現できるのでしょうか?

 最初に思い浮かぶのは、やはり「IT戦略」です。しかし、ITベンダーが提唱するIT戦略立案サービスには、さまざまな定義や方法論があり、IT戦略特有の概念や戦略的な思考過程の共通点を見出すことが困難です。ビジネスにおける戦略が、文脈や人によって意味合いが異なる曖昧な概念であるように、「IT戦略」の概念も曖昧です。ひとつだけ確かなことは、戦略は目標を達成する手段ということです。

 ここで、戦略的思考の一端に触れたいと思います。2014年公開の映画『イミテーション・ゲーム/エニグマと天才科学者の秘密』は、コンピュータの生みの親といわれるアラン・チューリングが、第二次世界大戦当時、解読不可能といわれたエニグマ暗号の解読に秘密裏に成功していた、という史実に基づく物語です。

<ストーリー要約>

アラン達が開発した暗号解読装置(チューリング・マシン)によって、エニグマ暗号の解読に成功するが、解読結果から開発メンバーの兄が乗船する船団が、間もなくドイツ軍の潜水艦に攻撃されることが判明する。

開発メンバーは、海域から船団が離れるよう軍部に情報を伝えようとするが、アランがこれを制止。論理的思考を重視するアランは、最大の目的である「ドイツに勝利する」ためには、決してドイツ軍にエニグマが解読されたことを悟られてはならないと主張し、解読結果を秘匿する。

そして、エニグマ暗号の解読結果は、極秘情報として諜報機関の一部のみに伝えられ、同盟国おろか英国軍にも秘密にされる。諜報機関は、アラン達の解析結果をもとに「絶対に勝つべき戦場」と「負けても良い戦場」を選別し、さらに一部の情報は意図的に他国にリークされる。

当然、「負けても良い戦場」では、味方が犠牲になる。しかし、暗号解読で得られた情報を最も効果的に運用したことで、戦争終結が2年以上早くなり、1400万人以上の命を救うことができたといわれる。

 暗号を解読できたことをドイツ軍に悟られないために、アランは目の前の船団を見捨てたわけです。それは、戦争の早期終結という最終的な目標を優先した結果の判断でした。さらに勝利すべき戦場を選んだり、一部の情報をリークしたりとさまざまな手段を駆使することで犠牲者を減らすことにつながりました。

 これを情報システムに置き換えると、データ活用基盤導入や既存システム刷新、クラウドへの移行、セキュリティ対策など、個別のIT投資テーマは個別の戦場であり、戦争に勝利することは、これらの個別のIT投資の取り組みを通じて、経営ビジョンや事業戦略を実現する、といった全体目標の達成にあるといえます。

 個別のIT投資テーマの目的に目を向ければ、いずれも投資すべきとの判断になるでしょう。しかし、経営資源が有限であることも踏まえれば、本来のIT投資目的に照らし合わせて、「負けても良い戦場(情報システムや機能)」を選ばざるを得ません。「経営ビジョンや事業戦略の達成に向けて全体最適化された情報システム」の視点から優先順位を決定し、「絶対に勝つべき戦場」に経営資源の選択と集中を図っていくのが理想だからです。

 しかし、実際には、散発的に発生する戦場で個別に勝利を目指しているケースが目立ちます。たとえば、セキュリティ事故が発生したので対策強化に乗り出す。ITインフラのコストを下げたいのでクラウドを導入する。流行に合わせてビッグデータ活用に取り組むといったものです。

 業務システムも個別最適化の道をたどりがちです。原因のひとつには、業務担当者の現行業務に対するこだわりにあるでしょう。多くのシステムには長年の現場の経験から培われた知恵や工夫が詰まっています。ただし、個別業務の生産性に最適化されていても、業務ごとのプロセスやルールの違いを生み出す原因となり、企業全体の経営状況を正確に把握できなかったり、誤った情報資源の取り扱いから情報漏えいの原因となったりします。

 個別の戦場では担当者が必死に戦っています。しかし、そこでの勝利がビジネスの目標達成に繋がっていない、というケースは往々にしてあるものです。結果として、経営者は「これだけのコストを投じているのに、どんな効果が上がっているのか、さっぱり分からない」といった、おなじみの不満を周囲にこぼすようになるのです。

そもそも戦略とは何か?戦略の起源から読み取る3つの特徴

 戦略とは、もともと戦争に勝利するための理論として着想された概念です。紀元前中国の兵法書『孫子』やクラウゼヴィッツの『戦争論』が起源といわれていますが、主に軍事分野で発展し、現在ではビジネスの競争戦略手法にも応用されています。

 それ以前の戦い(戦闘)は、兵士の数や練度、用兵術(戦術)、武器の優劣等の兵力差、地形や天候等の偶発要因が勝敗を左右していましたが、戦略は理論や計画性を駆使することによって有利な状況を生み出し、兵力差を覆したり、偶発要因を排除したりすることで、確実に勝利するための方法論として発展しました。戦略的な方法論には、次のような特徴があります。

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戦略的な方法論が備えるべき3つの特徴

特徴1:大局的な視点

 戦略は、目標の達成に影響するあらゆる要素を全体的に捉えた大局的視点から、最も効果的な方策を設定します。たとえば、マーケティング分析手法では、顧客、競合、自社の3つの観点から事業環境を分析する「3C分析」、競争環境に影響を与える要因を5つに分類した「5F分析」などがありますが、いずれもビジネス環境を構成する要素を俯瞰的に捉えることで効果的な方策立案を目指しています。

特徴2:中長期的な計画性

 戦略は、中長期的な視点から目標達成に向けた計画を立案します。これは、企業経営において、会社のビジョン(将来像)から中期的目標を設定し、単年度の事業計画に詳細化することで、将来のあるべき姿の達成に向けた施策を明確化したり、経営資源の最適な配分計画を立案したりすることと同じです。

特徴3:包括的で複合的な手段

 戦略は、あらゆる手段を複合的に組み合わせることで、効率的に目標を達成します。複合的な手段の組み合わせからは、複合的な要素を組み合わせることで単体以上の成果をあげる「相乗効果(シナジー)」が、包括的な取り組みからは、あらゆる企業活動を一連の価値の連鎖として捉える「バリューチェーン」が連想できるように、現代の競争戦略手法との類似点を読み取ることができます。

IT戦略とはいったい何なのか? その本質

 戦略の本質は、「大局的な視点」「中長期の計画性」「包括的かつ複合的な手段」の3つの特徴が備わった目標達成手法であるいえそうです。つまり、戦略的な方法論が、大局的な視点から効果的な方策を立案し、中長期的かつ包括的な計画性によって複合的な手段を組み合わせることで、効率的に目標を達成する手法であるとすれば、「IT戦略」は、次のように定義することができます。

IT戦略とは、経営目標や事業戦略の達成を目標に、ITの活用・導入に関するあらゆる活動を戦略的な方法論に基づいて計画・実行する戦略的ITマネジメントである。

 ここで注目して欲しいのは、IT戦略を「戦略的ITマネジメント」と位置づけている点です。IT戦略は、数年おきに立案される計画であると思われがちですが、計画を立案するだけでは意味がありません。プロジェクトマネジメントの優劣がIT導入の成果に影響するように、IT戦略実行時の継続的なマネジメントは目標達成に不可欠な取り組みといえます。

2つの視点を確立する「IT戦略フレームワーク」

 IT戦略を考えるうえで大事なポイントの1つ目は、「IT戦略フレーム」です。これは、IT戦略に関わる活動の関係性を捉えた包括的な枠組みのこと。

 まず、IT戦略の目標となる、経営ビジョンや事業戦略の達成に向けた「中長期的なIT活用構想」があり、次に構想を実現するための具体的な「IT導入計画を立案」、計画に沿って「IT導入・運用を遂行」していきます。さらに計画を推進するには、必要なスキルを持つ「IT人材や組織体制」が必要です。また、システム全体の最適化を効率的に進めたり、品質を確保したりするには、IT導入運用時の「プロセスの標準化や基準」を定める必要があるでしょう。

 これら個別の活動が部分最適化された状態は、下左図のように表現できます。このような状態では、戦略特有の相乗効果や価値の連鎖が生じず、結果として、IT戦略がかかげる構想を実現することは難しくなります。

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戦略的なアプローチでは、IT活用に関わるあらゆる活動をIT戦略によって統合されていなければならない

 戦略的なアプローチでは、全体目標の達成に向けて、個別の活動が統合された状態を作り出す必要があります。つまり、上右図のような状態が理想で、これをフレーム化したのが下右図となります。

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包括的なIT戦略のスコープ
※「IT人材・組織」と「ITガバナンス」は、IT導入活用を支える人的資源や業務プロセス、制度などの基盤に位置するもので、厳密には下位概念ではありませんが、簡潔に表現するためにピラミッド図の土台として表現しています。




 「ITビジョン」レイヤーは、経営ビジョンや事業戦略の実現を目的としたIT活用目的(ITミッション)から、情報システムの将来像を立案するプロセス群です。大局的な視点から中長期的に取り組むべき方策を決定します。

 「ITプランニング」レイヤーは、中長期的な構想を実現するための計画を立案するプロセス群です。IT投資計画の立案だけではなく、社内システム全体の将来像(ITグランドデザイン)を描き、具体的な実行計画(ロードマップ)と組織体制等を計画します。

 「IT導入・運用」レイヤーは、ITプランニングを通じてプロジェクト化されたシステム導入やシステム運用を行うプロセス群です。プロジェクトの目的や特性に適した先端技術やソフトウェア開発手法、システム運用手法を活用して、効果的なシステム導入、運用を行います。

 「IT人材・組織」レイヤーは、計画遂行を担う人材の育成・確保、組織体制を構築するプロセス群です。IT戦略の実現に必要となる技術人材の育成・確保だけでなく、ユーザー部門のIT活用人材の育成や情報セキュリティ、コンプライアンス等の浸透を図ります。

 「ITガバナンス」レイヤーは、IT戦略によって実現を目指す将来像に向けて、計画実行全体を統制するプロセス群です。IT投資マネジマントなどの意思決定プロセスや開発標準などの基準を規定したり、個々の取り組みの達成状況を把握するKPIを定義したりすることで、IT戦略全体の進行状況や課題をマネジメントします。

 上図のようにIT戦略のスコープを定義することで、IT戦略の構想・計画段階において、考慮すべき事柄や対象とすべき活動を網羅した包括的な計画立案が可能となります。また、IT戦略の実現に関わるあらゆる活動に対して、戦略的な一貫性を確保することができます。

【次ページ】失敗事例に学ぶ、経営戦略との整合性が重要な理由

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