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  • 2014/12/10

「社会の総プロジェクト化」が進む現代においてルーチンワークは消滅したのか(後編)

連載:名著×少年漫画から学ぶ組織論(21)

現代社会においては、だれでもできる「ルーチンワーク」は消滅し、あらゆる仕事において未知の局面が満ち溢れている――。人が何かを選択するとき、過去の事例を参考にするものだが、いざ自分自身の事業運営のことになると、驚くべきほどに目が曇ってしまい、頓珍漢な判断を下してしまうのが世の常である。いかに歴史から、事例から学ぶのかの「思考の方法」をE.H.カーに学ぶ。

プロジェクト進行支援家 後藤洋平

プロジェクト進行支援家 後藤洋平

予定通りに進まないプロジェクトを“前に”進めるための理論「プロジェクト工学」提唱者。HRビジネス向けSaaSのカスタマーサクセスに取り組むかたわら、オピニオン発信、ワークショップ、セミナー等の活動を精力的に行っている。大小あわせて100を超えるプロジェクトの経験を踏まえつつ、設計学、軍事学、認知科学、マネジメント理論などさまざまな学問領域を参照し、研鑽を積んでいる。自らに課しているミッションは「世界で一番わかりやすくて、実際に使えるプロジェクト推進フレームワーク」を構築すること。 1982年大阪府生まれ。2006年東京大学工学部システム創成学科卒。最新著書「予定通り進まないプロジェクトの進め方(宣伝会議)」が好評発売中。 プロフィール:https://peraichi.com/landing_pages/view/yoheigoto

前編はこちら。
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未来への方針を立てるときは、かならず過去の事例を参考にする

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社会そのものが「プロジェクト化」するとはどういうことか?
 未知の仕事に挑むとき、多少なりとも参考にできる事例や理論が豊富にあるということは幸いなことである。とりわけビジネスの現場では「どれだけの時間とお金をかけたら、どれだけの効果が得られるか」という指標が何をおいても重要となる。

 最近の経済状況を例に挙げてみよう。有効求人倍率が改善傾向にあり、多くの企業が人の採用に苦労している。だからといって、採用数が目標に達しないので諦めましょう、というわけにはいかず、多くの採用担当者が苦しい戦いを強いられている。

 こういうときに「100万円のコストをこの求人メディアに投じれば、◯◯人から反応があり、□□人が採用できる」という指標があるとないとでは、その仕事の難易度は大いに変わってくる。この指標もなしに、予算の大部分を投下するなどということは、これは博打以外の何者でもない。

 「当てずっぽうの投資など、もっての外である」というその言明は、立派な正論である。正論であるわけだが、「何をやったら効果が出るのか、さっぱりわからない」ということが、あらゆる諸相に満ちあふれているのが昨今の社会の有り様でもある。

 採用メディアひとつとっても、巨大な就職マッチングサイトもあれば、新興企業の斬新なウェブサービスもあり、アナログで古き良き手法も捨てたものではない。全部を同時に試すことができればいいけれど、そうもいかない。果たしてどちらを選んだらより効果が高かったのか、それを実験的に検証する方法もない。

 「プロジェクト化する社会」とは、このような未知の局面が満ち溢れた社会である。

 どちらを選ぶか困難な問題があり、そこで正しい道を進んでより良い未来を作りたいと考えるとき、人は歴史に学び、意思決定の助けとするものである。

 「求人メディアの費用対効果」といった具体的な事例を必要とすることもあり、「経営状況が苦しい中で、リーダーはいかに考え、決断をするか」という抽象的なものもある。いずれの場合であっても、過去を振り返り、未来への方針を決めるという行為には違いない。

 

過去の事例を正しく評価し、意思決定に役立てるのはそう簡単ではないことを、E.H.カーは教えてくれる

 人が何かを選択するとき、過去の事例を参考にするということは非常に有効な手法である。意思決定において、過去の事例を活かすことができるのは、類似の出来事の因果関係を分析することが、一般的な知識の獲得につながる、と考えるからである。

 個別的な出来事の間にある因果関係を考えることもあれば、もっと広い意味での「法則性」を見出そうということもある。

 「ムーアの法則」はその最も有名な発見例かもしれない。ムーアの法則は、当初は半導体産業での発見であったが、今日では、先進的な工業製品一般における性能向上の1つの目標値として用いられることも増えてきたという。製品のレベルや価格の動向が明確に読めるかどうか、こうしたことが設備投資計画に与える影響の大きさは計り知れない。

 とはいえ、そのような鮮やかな理論化はむしろ稀なことである。「過去の成功体験にとらわれて、時代の変化についていけなかった」とか「自分の都合のいい事実だけを見続けた結果、見当外れの選択をしてしまった」とか、人は、往々にして歴史の応用に失敗するものだ、ということもよく知られた話である。

 E.H.カーは、その著書「歴史とは何か」のなかで、その困難さを端的に表現した喩え話を紹介している。

ジョーンズがあるパーティでいつもの分量を越えてアルコールを飲んでの帰途、ブレーキがいかれかかった自動車に乗り、見通しが全く利かぬブラインド・コーナーで、その角の店で煙草を買おうとして道路を横断していたロビンソンを轢き倒して殺してしまいました。

混乱が片づいてから、私たちは―例えば、警察署―に集まって、この事件の原因の調査をすることになりました。

これは運転手が半ば酩酊状態にあったせいでしょうか―――この場合は、刑事事件になるでしょう。

それとも、いかれたブレーキのせいでしょうか―――この場合は、つい一週間前にオーバーホールした修理屋に何か言うべきでしょう。

それとも、ブラインド・コーナーのせいでしょうか―――この場合は、道路局の注意を喚起すべきでしょう。

われわれがこの実際問題を議論している部屋へ二人の世に知られた紳士が飛び込んできて、ロビンソンが煙草を切らさなかったら、彼は道路を横断しなかったであろうし、殺されなかったであろう、したがって、ロビンソンの煙草への欲求が彼の死の原因である、この原因を忘れた調査はすべて時間の浪費であり、そこから導き出された結論は全て無意味であり無益である、と滔々たる雄弁をもってわれわれに向って話し始めました。

(『歴史とは何か』Ⅳ 歴史における因果関係より)
【次ページ】過去事例から再現性のある「意味」を見出すために

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