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  • 2013/04/17 掲載

ケータイで「ディバイド」から「オポチュニティ」へ:篠崎彰彦教授のインフォメーション・エコノミー(53)

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かつて先進国のITブームをけん引したパソコンは、スマホやタブレットなどの携帯型端末に主役の座を譲りつつある。パソコンよりケータイが役立つことは途上国の動きで証明済みだ。その急速な普及は、成長、雇用、医療、教育など多方面で途上国の経済に影響しはじめている。グローバル版のインフォメーション・エコノミーが勃興する中、国際社会の関心は、過去10年で「格差」から「発展」へと大旋回した。

執筆:九州大学大学院 経済学研究院 教授 篠崎彰彦

執筆:九州大学大学院 経済学研究院 教授 篠崎彰彦

九州大学大学院 経済学研究院 教授
九州大学経済学部卒業。九州大学博士(経済学)
1984年日本開発銀行入行。ニューヨーク駐在員、国際部調査役等を経て、1999年九州大学助教授、2004年教授就任。この間、経済企画庁調査局、ハーバード大学イェンチン研究所にて情報経済や企業投資分析に従事。情報化に関する審議会などの委員も数多く務めている。
■研究室のホームページはこちら■

インフォメーション・エコノミー: 情報化する経済社会の全体像
・著者:篠崎 彰彦
・定価:2,600円 (税抜)
・ページ数: 285ページ
・出版社: エヌティティ出版
・ISBN:978-4757123335
・発売日:2014年3月25日

ケータイで「デジタル・ディバイド」から「デジタル・オポチュニティ」へ

連載一覧
 民間の調査会社IDCの予測によると、多機能携帯端末の世界出荷台数がデスクトップ型やノート型のパソコンを上回る日が近いという(注1)。どうやら、20世紀の終盤に先進国でITブームをけん引したパソコンは、今世紀に入ってから主役の座をスマホやタブレットなどのケータイ端末に譲りつつあるようだ。

 実は、パソコンよりもケータイが主役というのは、既に10年前から途上国でみられる現象だ。先進国では、1990年代のパソコン、2000年代の携帯電話を経て、2010年代にスマホやタブレットの時代へと順次向かっているが、パソコン時代にデジタル・ディバイドが懸念された途上国では、パソコンを素通りして、いきなりケータイで情報化が始まった(なぜそうなったかは別の機会に解説しよう)。

 前回みたように、ITがグローバル経済に及ぼす影響について、2000年代前半までの論調は、もっぱら先進国と途上国との間で広がる「格差」問題への懸念であった。

 ところが、2005年11月にチュニジアで第2フェーズの国連世界情報社会サミット(WSIS)が開催された頃からこの論調は大きく変化し始めた。格差拡大の懸念よりも、経済成長と社会の発展に寄与する可能性が大きくクローズアップされるようになったのだ。

 それを象徴するのが、UNCTAD(国連貿易開発会議)のE-Commerce and Development Report Information Economy Report へと衣替えされたことだ。WSIS開催にあわせて2005年10月に刊行された第1回のInformation Economy Report(UNCTAD[2005])では、冒頭に「ミレニアム開発目標達成に向けた努力の中で、途上国がこの劇的な技術変化から置き去りにされるのではなく、積極的に加わって確実に利益が得られるようにしなければならない」と記されている。

 同報告書の重要なメッセージは、ITの利活用による途上国の発展が「すでに現実となっている」ことを示す点にあったのだ(注2)。

国際論調の大旋回:先進国よりも途上国が先行?

 これに先立って、2005年9月にはミレニアム開発目標の達成度を中間評価すべく、ニューヨークで国連総会・ミレニアム・サミット+5が開催された。第2フェーズのWSISに至る一連の国際会議とその関連資料を跡付けると、途上国における「各種の優先政策をITに結集」し、貧困の削減や経済発展を図るという国際社会の共通認識が形成されていった様子が読み取れる。

 たとえば、その5年前の2000年に採択されたミレニアム開発目標(MDGs)では、第8目標(Goal)の最後に掲げられた「新しい技術の恩恵を享受する」という18番目の項目(Target)でITを例示的に言及しただけだったのに対して、UNCTAD(2005)では、ITが多くの課題を解決し他の目標の達成にも貢献できると明言されている。

 つまり、ITは単に新しい科学技術のひとつとしてではなく、General Purpose Technology (GPT:多目的の汎用技術)として、現実の広範な社会的課題を解決し、貧困から発展へと導く「かなめ」と位置付けられているのだ。

 具体的には、第1目標に掲げられた「極度の貧困の根絶」には、持続的な経済成長が欠かせず、持続的な経済成長と雇用創出を可能にするのがITへの投資であること、また、「初等教育の充実(第2目標)」や「医療や保健の改善(第4,5,6目標)」にもITの利活用が大いに寄与できると指摘されている。

ミレニアム開発目標(2000年)
Goal 1 極度の貧困と飢餓の撲滅 〔Target: 1,2(略) Indicators: 1~5(略)〕
Goal 2 初等教育の完全普及の達成〔Target: 3 (略)Indicators: 6~8 (略)〕
Goal 3 ジェンダー平等推進と女性の地位向上〔Target: 4(略) Indicators: 9~12(略)〕
Goal 4 乳幼児死亡率の削減〔Target: 5(略) Indicators: 13~15(略)〕
Goal 5 妊産婦の健康の改善〔Target: 6(略) Indicators: 16~17(略)〕
Goal 6 HIV/エイズ、マラリア、その他の疾病蔓延の防止〔Target: 7,8(略)Indicators: 18~24(略)〕
Goal 7 環境の持続可能性確保〔Target: 9~11(略) Indicators: 25~32(略)〕
Goal 8 グローバル・パートナーシップの推進〔Target: 12~17(略) Indicators: 33~46(略)〕
●Target: 18   In cooperation with the private sector, make available the benefits of new technologies, especially information and communications
⇒Indicator: 47 Telephone lines and cellular subscribers per 100 population
⇒Indicator: 48 Personal computers in use per 100 population, Internet users per 100 population
2007年改訂後(2008年発効)
Goal 1~7(略)
Goal 8 グローバル・パートナーシップの推進〔Target: 8A~E(略) Indicators: 8.1~8.13(略)〕
●Target:8F   In cooperation with the private sector, make available the benefits of new technologies, especially information and communications
⇒Indicator: 8.14 Fixed telephone lines per 100 inhabitants
⇒Indicator: 8.15 Mobile cellular subscribers per 100 inhabitants
⇒Indicator: 8.16 Internet users per 100 inhabitants
(出典:国連および外務省資料をもとに筆者作成。)


 格差への懸念が強かった国際論調が大旋回し、途上国の発展に向けてITが広範な課題解決に役立つという認識が共有されるようになったのだ。こうした議論の回転軸となったのが、パソコンからケータイへとユーザー端末の主役がシフトしたことだ。

 前回ふれたように、2000年のミレニアム開発目標では、具体的なIndicator(指標)として「(1)固定電話と携帯電話の普及率」と「(2)パソコンとインターネットの利用普及率」の2つが掲げられたが、2008年に発効した改訂版では、「(1)固定電話の普及率」「(2)携帯電話の普及率」「(3)インターネットの普及率」の3指標に変わっている(図表のIndicator参照)。

 つまり、携帯電話が独立項目となる一方で、パソコンへの言及がなくなったのだ。この変化は、パソコンよりも携帯電話が途上国の経済社会に役立っているという「実態」の動きを象徴している。1990年代にパソコンの普及が先行した先進国では、ユーザー端末の主役交代が今まさに進行中だが、この点では、むしろ途上国が先行したといえそうだ。

【次ページ】経済成長、生産性、雇用、事業の成功を強く方向づける

注釈
注1 日本経済新聞2013年3月28日付夕刊参照。
注2 UNCTAD(2005) foreword参照。

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